出会いを求めて2
『かぐ配』限定ファンミ、簡単に言うと場所当てイベントの準備は順調に進み、当日になった。
ひかるは、ニット帽にマスクをして顔の特徴が出ないようにして移動をした。
目的の駅でおりると、しばらく駅を歩きまわった。
時間を潰すと、バスに乗って目的の場所へ向かった。
目的の場所付近のバス停は二つあったが、どちらも十五分ほど歩かないとつかない。
動画のコメント欄でこの場所を書き込むユーザーはいなかったが『竹』が見つけた掲示板では『かぐ配』のあの件としていくつか候補の場所を書いているのが見受けられたようだった。
確定的な内容はなかったが、それらの中には正解がなかった。
だが、こんな風に、ある程度推理が共有されてしまえば、正答を得るのは容易い。まして共有されているから、一気に人数が集まることもある。
正答の確証がなくとも、候補が絞られれば、現場を分担して見張り、それっぽい女の子がきたらその場所が正解だと言うことも出来るだろう。
その時、バス停で降りたのは、ひかる一人だった。
車内からの視線もない。
周囲を見回しながら、歩き始める。
ここからは慎重にいかないと、とひかるの警戒心は高まっていく。
目的の場所に着くと、ひかるは簡易テントを設営しその中で待つことにした。
陽が傾き、約束の時間が近づいてくると、テントを片付けた。
敷地の中にある建物に入り、彼女は配信している時の姿に着替えた。
衣装が見えないよう、上にコートを着てマスクをつけ、一見しただけでは分からないようにした上で、施設をでる。
母である美月に連絡して、帰りは車で送ってもらえることになっている。
彼女は目的の場所に向かった。
何か別の目的があって、通過していく人は数名いたが、配信を見てやってきたと推測される者がいた。
ひかるの感じでは、男性が三名、女性が一名のようだ。
彼らが間違いなく配信を見てやってきたのか、ひかるは心を読んで確認を始めた。
まず、電灯に背中を持たれて立っている、黒いコートの男性。
『そろそろ時間だから、カグヤも現れるはず』
予想通りだった。
次に、椅子に座っている丸い感じの男性の心を読んだ。
『カグヤが素顔で通り過ぎたかも。いや、もう時間が近いから配信の感じで来るはずなんだけど……』
こちらもどうやら『かぐ配』の視聴者のようだ。
さらに離れた長椅子に一人で座っている黒髪の女性の心を読む。
『あの人たちももしかしてかぐ配を見てここにきたのかしら。時間になったらもっと近づかないと』
あの女性も予想通り、視聴者だった。
ひかるは、もう一人いたはずの男性を探す。
丘があって、その中間に一人いたはずなのに。
「!」
背後に人の気配を感じて振り返る。
さっき丘にいた男だ。
距離が近すぎる。
ひかるは飛び退く。
どこかで見た顔だ、と彼女は思う。
そして、心を読もうと試みて、出来ないことで完全に思い出した。
「あのカフェで顔を刺された……」
違う。
そうじゃない。
エリシュアからきた私が、この地球で心を読めない者がいただろうか。
八年ほど前。
ひかるが、まだ『リスア』と言う名前しか持たず、竹林の周辺で暮らしていた頃だった。
彼女は中心となる竹林と、その近隣の山々を駆け回り日々を過ごしていた。
この世界に馴染むため、竹に教えられた方法で山菜や動物を捕え、自らの栄養とした。
排泄や睡眠などは、竹が高精度の光学迷彩を施したエリアで行われた。
それは強い異星人であっても、致命的な弱点を晒す時間帯だからだった。
動物を捌いたり、煮炊きしたり場所は、定期的に変えていた。
それらを繰り返し行うと『人の気配』として土地に刻まれてしまい、竹と彼女の存在に気づかれてしまう可能性があるからだった。
もう一つ、彼女には約束があった。
『勝手に人里におりてはいけない』
エリシュア人として、この星の人間に馴染むことを目的に、人との接触はしていた。
だが、竹がコントロールしている状況下以外での人と接触することは禁じられていたのだ。
山の頂上から、彼女の高い視力でふもとの人里を見る。
楽しげに遊ぶ子供達が目に入ってきた。
行きたい…… けど、行ってはいけない。
リスアは葛藤の中、その姿を見つめていた。
思い出はそこで止まった。
何か引っ掛かる。
人里におりることは、厳しく『竹』に禁じられていたはずだが……
竹林で過ごしていた頃の自分と、この男。
何か関連があるように思えた。
だが、ひかるはその確信を得られないでいた。
「カグヤ!」
「時間だよ、カグヤ」
丘のふもとにいた男が声を出して呼び始めた。
「あの……」
そのせいで近くにいた男が、ひかるにかけた声はかき消される。
ひかるは、カフェで会った男を無視して、丘のふもとに小走りに近づいていく。
カフェで会った男も、釣られて追っていく。
少し離れていた黒髪の女性も、男たちの様子に気づき近づいてきた。
丘を背にして、ひかるが立つと、男性三人、女性一人が横一列に並んだ。
マスクを外し、コートを脱ぐといつものメイクと配信同様の『なんちゃって制服』を着たカグヤが現れた。
待っていた彼らは、驚きの声と拍手をする。
カグヤに扮したひかるは、手を振ってタイミングを待った。
注目が集まり、静かになったところで口を開く。
「地声、初披露ですが…… 私が『かぐ配』のカグヤです!」
再び拍手が始まる。
もう一度、三人の拍手がおさまるのを待った。
「場所当てクイズ、ここにいる方、全員が正解です。あの…… 事前に言っていた通り、録音とか、録画とかは無しですよ。ここにいる方々の耳と目で見るだけに留めてください」
ひかるは、スマホを見て言う。
「一応、答え合わせを。一つ目、『古の丘のもと、子どもたちが駆け回るところ』です。これの説明をしてくれる方いますか?」
二人の男性と女性、合計三人が手をあげる。
カフェで会った男はじっと立って彼女を見ているだけだった。
ひかるは、黒いコートの男性を指す。
「それじゃ、黒いコートの…… よろしければハンドル名を言ってから話してください」
「ハンドル名『グロい彗星のシャーッ』です。古の丘、これは『古墳』と考えました。子供達が駆け回る、ということで公園内に『古墳』があるところを探しました。市内には結構あって、四、五ヶ所の候補地があったと思います。そして……」
まだ喋り続けそうだったので、ひかるは手をあげて制した。
「えっと、まだあるので次に行きましょうか。二つ、『憩いや安らぎを与えるため、吹き出すものがある』これを解説してもらえる方?」
カフェの彼以外が全員手をあげた。
ひかるは、体格が丸い感じの男性を指した。
「ハンドル名『ミジゴン』で。憩いや安らぎをため、吹き出すもの。これはズバリ噴水です。同じ公園に噴水があるか調べたんですが、最初、ここの公園には噴水がない映像しかなくて。地図を見ても分からない。公園の案内図を見てやっと噴水があることがわかりました。そもそもここの噴水、めっちゃ小さいんですよ。で、これで、古墳と噴水で絞り込むんですが……」
この男も喋りすぎる、とひかるは慌てて手をあげて止めた。
再び男性二人と女性の三人が手をあげてアピールしてくる。
ひかるは最後の問いを説明した。
「最後、『夜になると遊具がなくなり、その枠組みだけが存在する』です。これはそちらの女性の方」
「えっと! ハンドル名『もふりるん』でっす。えっと、これが一番厄介でした。片付けられる遊具って、思いつくまま上げて見たんですが、この公園の『ブランコ』これは夜間『キイキイ』鳴ってうるさいってことで、夜になると片付けるらしいんです。私は公園の事務所に電話して聞き出したんですけど、これは、よっぽど公園に通っているか、近所に住んでて実情を知らないと……」
女性は早口な上に、話し出したら止められなかった。
確かに『竹』もこの部分に気づくまで難しいと言っていた。
組み合わせた結果、三人しか答えに辿り付かなかったと言うわけだ。
「……彼は?」
「彼は誰なんです?」
かぐ配視聴者の三人全員が、カフェで会った男へ視線を向けた。
「『キリヤ』って言うハンドル名はあるんだ。『かぐ配』のチャンネルも登録してる。けど、今日ここにくるつもりはなくて、たまたま、電車でこの娘を見つけてついてきちゃったんだ」
「えっ、バスをおりた時、他には誰もいなかったのに」
「バスに乗ったら寝てしまって、バス停でおり過ごしちゃったんだよね」
寝ていた? 通りで車内からの視線を感じなかったわけだ。
「で、要件は……」
ひかるのスマホにメッセージが入った音が鳴って、キリヤは黙った。
何もないので、キリヤが再び何か言いかけた時、今度は公園の外から車のクラクションが鳴った。
ひかるは慌ててスマホを確認する。
養母である美月が車で迎えにきたのだ。
彼らに車のナンバーを知られてはいけない。
ひかるは彼が喋ろうとするところを遮って言う。
「ごめん、みんな。今日はこれでおしまい。またこういうイベントやろうねッ!」
そう言うと、着替えの入った大きなバッグを手に取り、公園の外へと走り出した。
グロい彗星、ミジゴン、もふりるん、の三人はそのまま彼女に手を振った。
だが、キリヤだけ走って彼女を追いかけた。
「待って、渡さなきゃいけないものが」
チャンネル登録している人から何か物を受け取ったら、それにGPSが仕掛けられていて……
よく聞く話だ。
ひかるは、キリヤの呼びかけを無視し、走り続けた。
公園の外に出ると、路肩に寄せてハザードを出している紺のスポーツワゴンが見えた。
ひかるは近づいて運転席を見ると、母が振り返った。
手を振ると、ドアのロックが開いた。
声がしなくなったので、安心して車のドアに手をかけた。
ひかるの手に、キリヤの手が重なってきた。
「これ、以前借りたハンカチ」
「えっ?」
ハンカチ…… 記憶が蘇る。
そうだ。彼は顔をえぐられ、出血していた。
えぐられたところを、ひかるのスマホ、つまりエリシュアの科学力によって治癒したのだ。
その時、出血しているところを抑えるように、彼にハンカチを渡していた。
じっとハンカチを見つめていると、キリヤが言う。
「大丈夫、GPSとか付けてないから。車のナンバーも見ないし」
「手、手をどけて」
キリヤはひかるの手に重ねていた手を引っ込めた。
素早く車の後部座席に乗り込むと、ドアを閉めぎわに言う。
「ありがと」
ひかるは後部座席から、ギリギリ目が出るくらいまで姿勢を下げ、キリヤの方を見ていた。
彼は車のナンバーを見まいと背中を向けて立ち続けていた。
車が十分に公園から離れると、美月が言った。
「どう、楽しかった?」
「う、うん」
美月はルームミラーでひかるの様子を見ていた。
「そこにいた男の子は?」
「なんか、貸していたハンカチを返しにきたみたい」
「……そう」
ミラーに映る娘を見ながら、美月は微笑んだ。
ひかるが返されたハンカチを、胸に抱えるよう大事に持っていたからだった。




