目撃者
雪の積もる山奥。
男たちは『熊』を追っていた。
冬眠しない熊たち。
人間界へ降りてくることが日常の一部となってしまった個体を狩る決定が下された。
毎年、被害が増え続けており、県は熊狩りを出さざるをえない状況だった。
大型の個体が移動したと思われる跡を見つけると、全員に緊張が走った。
その跡を追っていくと、熊の姿が見えた。
跡を発見し、熊の姿を見つけ、最高になった緊張。
だが、それは数秒で解けてしまった。
「……死骸だ」
慎重に近づいていくと、その大きな熊は、死んでいることが確定的になる。
体を調べるが、熊に目立った外傷はない。
ただ、口の中を切って血が出ていた。
「顎の骨が砕けたようになってる」
「まだ死んでから時間が経っていないな」
顎に触れなかったら、わからなかったであろう。
出血で死んだのではない。
顎の状況から病気でもないようだ。
外傷をほとんど与えず、脳あるいは臓器を破壊して殺されたのだろう。
「いったい誰が?」
数週間前の『熊狩り』の異常。
この噂は、県の職員を経由し、国の行政機関にも広まっていた。
巨大な熊をほぼ外傷なしで殺した手段への興味、それを熊に処した者はなんなのか。
同じ熊同士の喧嘩か、それとも…… 人か。
興味を持った男の一人は、熊の死体があった周囲の監視カメラ映像を取り寄せ、確認した。
ほとんど何も映っていない大量のファイルを、自ら作った画像解析ソフトにかけ、怪しい部分を取り出す。
それでも何十時間とある部分を探し続け、ついに男はある映像を取り出した。
彼は警視庁の一室で、ある人物にその映像を見せることになった。
「えっと、始めても?」
ノートPCを大型モニターに接続すると、男がそう言った。
「自己紹介をしてないが」
「めんどくさいな」
「一応、やっとこう。俺は染宮翔吾。警視庁一課の刑事だ」
中肉中背、短めの整った髪。
新しいビジネスのドレスコードに即したような、少しカジュアルなスーツ。
すると、パソコンの前にいた男が言った。
「私は、県職員の佐藤と言います」
発音には県独特のイントネーションがあった。
「星野誠、三十二歳だ」
最後の一人はそう言って、席に座った。
スーツを着ているのだがアイロンをしていないせいか、ヨレていて返ってだらしない感じに見える。
「めんどくさい、とか言いながら年齢を言ったのは何か意味が?」
「……単なる口癖だ」
「始めます」
パソコンの横に置いたリモコンで部屋の明かりが暗くなる。
二人が驚いたような声を発する。
「映像が暗く、補正しても見づらいので明かりを落としました。ご勘弁を」
そしてモニターの映像が始まる。
「画像の日時は、大型の熊の死骸を見つけた時刻より前の時間です」
畑を監視しているカメラの映像。
「熊ごろしが映っている、ということだよね」
県の職員は頷いた。
明るさが足りないせいか、色がついていないように見える。
しばらくすると、映像の右端、農道に一本立っている電柱に明かりがついた。
明かりがついた直後はコントラストが狂ってしまい、ただでさえ見づらかった映像が余計に見えなくなった。
「ここです!」
マウスのカーソルが、映像の中央付近、農道に沿っている影の部分を指し示した。
染宮は態度を変えず、目を凝らして見つめる。
星野は、首を傾げながら画面に顔を近づけた。
「何かいるね」
「見ててください」
ゆっくりと画像を進めると、人影のような者があり得ない角度に移動した。
「えっ?」
星野が驚いたような声を出す。
染宮は無言で腕を組んだ。
映像は、一瞬何かが通り過ぎたように乱れた。
星野が見た通りを言葉にする。
「何かが落ちてきた?」
「……ですね」
染宮が、指摘する。
「『ですね』じゃなくて、止めて見せてよ」
職員がパソコンを操作して映像を巻き戻す。
どこのシーンもブレているが、パラパラ動かしているとなんとなく本当の姿が見えてくる。
「人の顔?」
「ええ。AIも活用しながら推定した映像を映します」
モニターには黒髪の女性の顔が映し出された。
「……」
染宮は星野の顔を振り返る。
星野は目を見開いた。
「彼女だ。間違いない」
「熊を倒したのがこの人物であるというのは、確定ではないです。実際に熊と格闘している映像はありません。熊が死んだ経緯を知っている『かも』しれないだけです。ただこの動きは常人じゃないです。特撮レベル。であれば、可能性はあるかと」
星野はUSBメモリを県職員に出す。
パスワードがかかっているらしく、職員はパソコンを星野の方に向ける。
彼が打ち込んでいる間、白々しいが他の二人は顔を背けた。
星野がパソコンを操作した。
「再生する」
今度の映像は、地下道だった。
客の往来が淡々と映っている映像。
突然、中央奥から走ってくる女性がいた。
「えっ……」
三人はその女性を見て固まる。
追ってくる大男が、女性を捕まえて、地下道の天井に押しつけた。
黒い髪、背格好、顔立ち、それら全てが農道のカメラに映った女性と同じだった。
相手が女性とはいえ、軽々と持ち上げてしまう男の力を見て、星野が驚いた。
「この男も、どうかしてる」
染宮は冷静に返す。
「この男、ホストクラブの用心棒だろ。現場じゃ有名なんだけど、こんなに暴れるのを見たのは初めてだよ」
白髪混じりのスーツの男が近づいて、女性を助けようと巨漢の腕を掴む。
どう頑張っても、女性を助けられない。
巨漢に立ち向かうスーツの男は、床に叩きつけられた。
だがその瞬間、女性は男の腕から逃げ出した。
スーツの男に馬乗りになる大男。
そこへ、女性の蹴りが入る。
「用心棒側も無抵抗、ってわけじゃないな」
動画を戻したり進めたりして、三人で確認する。
確かに横から突っ込んでくる相手を認識して、腕を振ってカウンターを狙っている。
女性は男の腕を、わずかな動きで交わして、自らの蹴りを男の顎に正確に当てている。
県職員が言う。
「まさか……」
「この娘なら熊もやれると?」
星野は無言で頷いた。
染宮が懸命に否定する。
「そんなわけないでしょ。この蹴りはたまたま男が払った腕をすり抜けて当たっただけで……」
星野は言い返す。
「こんな風に、顎を蹴り抜いたらあの大きな熊だって」
「顔や背格好が似てるのは認めますが」
「熊を倒したかは、疑問が残る」
そのまま結論となり、三人の集いは終わった。
その時から、星野はずっと不満だった。
なんとかこの事を証明したい。
そう思い続けた。
「まさかこんなにすぐチャンスが来るなんて……」
たまたま立ち寄ったカフェで、星野は興奮していた。
俺はどうしてこんな小娘に欲情してるんだ。
星野は、自分の心が撫でられるような、初めての感覚を感じた。
そして我に帰り、冷静さを取り戻した。
じっと我慢して、居場所を突き止めよう。
帰りかけたカフェのカウンターにもう一度並び直し、別の飲み物を頼んで、目立たない場所を探して座った。
女はスマホを見ながら、店内を眺めている。
彼は気付かれないよう息を潜め、その女を見つめ続けた。




