オタサーの新人歓迎合宿
桐谷とひかるは、ひかるの最寄駅の改札で待ち合わせた。
ひかるは康二に車で駅まで送ってもらった。
改札付近に着くと、すでに桐谷が改札の内側で立っていた。
キャスター付きのスーツケースを引きながら彼のところへいく。
「おはよう」
二人は顔を見ながら笑った。
桐谷が駅構内の時計に視線を送ると、言った。
「ちょっと早すぎた」
「大丈夫、そのほうが電車空いてるよ」
二人はそのままホームに移動して列車に乗った。
途中から多くの人が乗ってきて、車内はひどい混雑になった。
桐谷のバッグは大きくなかったので、ひかるのスーツケースの上のスペースを利用した。
停車駅に着くたび、連結部に押し込まれていく。
大学に通う電車の中でも、こんなに混雑したことはない。
ひかるは『こんなに体が触れ合っていいのか』と思い、気持ちが混乱していた。
しかも揺れる度、桐谷くんに体重がかかっちゃってる……
「ご、ごめんね」
「高校の時、ラッシュの電車に乗って通ってたから、平気だよ」
混雑しているせいで互いにほんのり汗をかいている。
ひかるの中で、自分の汗の匂いをどう思われるかの心配と、桐谷の匂いを感じたい気持ちがせめぎ合っていた。
そんなことを考えているとあっという間に乗り換えの駅に着く。
電車から排出されるかのように駅に降りると、流されるままに歩いていく。
乗り換えの電車も混んでいたが、駅が過ぎるたび空いていった。
終点で降りると長いエスカレータに乗った。
混雑した通路を、桐谷に導かれるまま進んでいくと新幹線の乗り場に着いた。
「ほら、あそこに遠藤さんと円谷さんがいる」
そう聞いて、ひかるはため息をついた。
メガネをクィッと直すと遠藤は言った。
「すごい荷物だね」
スーツケースはひかるの荷物だったが、桐谷はその説明はしなかった。
「先輩、家庭用ゲーム機を持ってくるって話でしたけど、そのバッグに入り切ったんですか?」
「思ったより大掛かりになったんで保険を掛けて別送したよ。初代ゲームボーイの電源を入れた時の音とか感動す……」
ひかるは思い浮かべると自分が買った種類ともう一種類しか知らない。
過去には、そんなに多くの『家庭用』ゲーム機が存在したのだろうか。
ひかるは『ゲーム』の話をさせると長引きそうなので、話題を変えた。
「彩花さんは?」
「アヤ様は車でくるよ。電車は嫌なんだって。E5系の『はやぶさ』とE6系『こまち』が連結して走ってる話し、してあげたかったのに。ちなみに君は新幹線に興……」
ゲームオタだけにとどまらず、鉄オタでもあったか、と思うとひかるは反射的に言った。
「すみません、おトイレに行ってきます」
満員電車でかいた汗のことも気になるし、化粧も確認したい…
ひかるが強引にその場を去ると、遠藤は言った…
「ねぇ桐谷くん、代わりにE6系の話、聞いてくれるかな」
「はい?」
桐谷は、否応なしに話を聞かされた。
列車に乗ると、四人は席を向かい合わせボックスにして座った。
桐谷は目的の駅に着くまで、延々と遠藤の東北新幹線のウンチクを聞かされた。
ひかるは、桐谷の肩にもたれ、寝たフリをし続けた。
桐谷と話せなかったのは悔しいが、終始くっつくことが出来て幸せだと思った。
『このまま繁殖行動へ移行したい』
気持ちは高まっていた。
目的の駅に着くと、今度はバスに乗ることになった。
円谷が言う。
「結構山奥だからね」
「バス嫌なんだよね」
遠藤は露骨に嫌がった。
桐谷は、やっと鉄道の話から解放されたと感じた。
いよいよ、竹林探索の当日がやってきた。
機器などの運び込みは、前日までに済んでいる。
今日、竹林の中に踏み込むのだ。
準備は短期間だったが人が入ると『めまい』の影響があると言う佐藤の進言を
聞き入れ、補助的にドローンを導入することになった。
ドローンの映像なら『めまい』は発生しない。
まずは三機のドローンが竹林を上空から偵察する。
地形が地図通りと確認できると、竹と竹の間にドローンが入っていく。
敵が高度なプロジェクション・マッピングを操れるとしたなら、ドローンを故障に見せかけて落とすことも出来るのではないか。
しかし、佐藤の懸念は杞憂に終わった。
ドローンは竹林をなんなく飛行し、地面の状況を的確に記録して戻ってきた。
「……」
いよいよ、人が入って詳細な調査が始まる。
機器の電源を確保するため、運び込んだ大きな発電機が回った。
ハンディの金属探知機を持った数名が竹林を進む。
十数分の探索が終わった結果、竹林の地中に金属の反応はないという結論になった。
ハンディの金属探知機は、比較的浅い部分を探査するためと思われた。
落胆する佐藤を、調査チームのリーダーである大学の准教授が言う。
「もっと深い位置に何かあるとすれば、これから実施する地中レーダーで見つかるはずです」
「竹林に踏み入れた感じはどうですか? めまいは?」
「私はなかったですね。聞いてみましょうか?」
准教授がボランティアとして協力してくれた学生たちに声をかける。
作業の手を止め、准教授に視線が集まる。
説明をするが、全員首を横に振ったのが見えた。
誰も『めまい』を感じていない。
佐藤は首を傾げる。
「変だ。反応がなさすぎる」
「何か問題でも?」
「いや、そういう訳では……」
佐藤は目の前に広がる竹林、その奥をじっと見つめた。
長身でメガネをかけた男がフラフラと山道を歩く。
「だからバスは嫌なん……」
言いかけると、腹の奥から何が口へと上がってくる。
道の端で膝をついて地面を見つめる。
吐き出すものがないのに、空の状態のえずきだけが延々と繰り返されていた。
「大丈夫ですか?」
桐谷が遠藤の面倒を見ていた。
新幹線では鉄道ネタを聞かされ続け、バスで酔っては面倒をかけられて散々だった。
「まだこの先に進むんですか?」
ひかるは何度も何度も同じことを尋ねた。
桐谷と一緒に過ごせないから不機嫌…… それはそうだったのだが、それだけではない何かが、この先にあるようだった。
ひかるは旅行先が決まった晩に『竹』に話した。
『何だって、そんな場所に』
「大丈夫、近くを通るかも、ってだけだから」
『我々の目的を地球人に知られたらとんでもない騒ぎになるぞ。地球上の種族同士、単に思想が違うだけでも争い殺しあうのに、異星人が地球上で繁殖しようとしているなどと知れたら……』
ひかるは桐谷と一緒に旅行ができる口実であるこの旅行をキャンセルにはしたくなかった。
「けど私たちの歓迎で旅行するから行かないわけには」
『そもそも桐谷というやつがリスアの能力を知ったまま存在していることが危険だ』
「待ってよ、私と繁殖行為をする人が多少知ってたっていいでしょ?」
スマホの画面の向こうで『竹』が思考している。
『リスア様が、この竹林に近づいてはなりません。どんなに懐かしくてもです。そして桐谷という者の記憶をすぐにでも消しておくべきです。彼が記憶に対してどれだけの想いがあるとしても。エリシュア人であるリスア様の体を治せるのはこの機体だけなのです。私を危険に晒すことはリスア様にとっても大きなリスクになります』
だが、現在の場所にあったら、治療に行く前に倒れてしまうほど離れている。
衛星軌道上にあって、必要な時に降りてくるようなことには出来ないのだろうか。
『考えていることはわかりますが、いくら地球人でも衛星軌道上の監視はしていますよ』
ひかるは言う。
「わかった。近づいても頑張って無視するから」
『来ることそのものを回避できないでしょうか?』
「だから言ったでしょ。それは無理だって」
道が開けると、桐谷が竹林の方を指差した。
「あっ、あれ地中レーダーだ」
ひかるは桐谷の発言を無視した。
が、円谷が興味を持ってしまう。
「桐谷くん、それ何?」
「地上の複数箇所から電磁波を発射し、反射して返ってくるものを受け取る。反射してくるスピードや種類を様々に変えて行くことで、地下に埋まっている『何か』を調べることができるものです。高校の時、体験学習で参加したのが、こんな感じの地中探査だったから知ってるんです」
「興味深い。れとろゲームサークルとしては立ち寄らずにはいられないね」
止めないと。
ひかるは何とかしようとする思いのあまり、考えより先に口が開いてしまう。
「竹林っ! って、竹林には『熊』が出るのよ」
ひかるは、実際にその竹林で『巨大な熊』に出会っている。
口から出まかせの嘘ではない。もしかしたら今も別の熊の住処があるかもしれない。
「熊……」
円谷の足は止まった。
桐谷は円谷を引っ張りながら言う。
「あれだけ人がわちゃわちゃやってるんだから、大丈夫ですよ」
「桐谷くん、危ないよ」
ひかるは桐谷の腕に抱きつく。
「熊が出るなら、人がいない方に行く方が危ない」
お願い、記憶を消すなんてことはしたくないの。
可能なら気持ちがこの腕から伝わって欲しい。
サークルではない誰かの声が聞こえてくる。
「何かでたぞ!」
円谷、遠藤、そして桐谷も、全員が竹林の方へ顔を向け、自然と動き出していた。




