れとろサークル
ひかるの入学式が終わった。
美月だけでなく、康二も参加したためかなり恥ずかしい思いをした。
入学式が終わると、そのまま家族で予約していたレストランに入り、ひかるの入学を祝った。
数日経って、新入生のオリエンテーションが始まった。
同じ学部、同じ学科を希望したひかると桐谷は、必然的に学校で会うことになった。
ドライブデートの後、桐谷とひかるの関係は微妙に縮まった。
ひかるは、本当はリスアであり、エリシュア人であることについては、まだ言っていなかった。
全員を集めてのオリエンテーションが終わり、新入生が外に出るとそこでは、さまざまなサークルの勧誘が始まっていた。
ひかると桐谷は二人で歩いていたため、近づいてくるサークルは自然と絞られていた。
「二人は友達? 一緒にテニスサークル入らない? 初心者歓迎」
桐谷はそのチラシを受け取ったが、ひかるは小さく首を横に振った。
歩いていくと、王女のようなコスプレをした女性と、異様な姿の男性がいた。
その男性は、身体中にゲーム機のコントローラーを貼り付けている。
ひかる達が進む方向に、そのコスプレ女性とコントローラー男性が近づいてくる。
桐谷が女性をみて言った。
「みて、耳が尖ってるから『ハイリア人』のゼルダ姫かも」
ひかるはその言葉が理解できなかった。
女性はコスプレをしていて、耳には何かつけているだけだと思ったからだ。
もしかして、私以外にも他星の生命体がいるのだろうか。
ひかるはスマホを取り出して、桐谷が『ハイリア人』だという女性に向けた。
竹は自動的に、ひかるの意思を読み取って、真偽に関する情報を画面に表示した。
この姿は、どうやら地球人が作り出したゲームのお話に登場する人物らしい。
そして『ハイリア人』というのもそのゲーム中の設定だった。
すると桐谷が、ひかるのスマホを手で押さえた。
「勝手に撮影しちゃダメだよ」
コスプレ女性は穏やかな顔で言う。
「いいんですよ。サークルの宣伝になりますし」
「サークル? なんのサークルなんですか?」
ひかるが言うと、コントローラーを全身に貼り付けた男がチラシを差し出した。
「ここはレトロゲーム研究会だよ。研究会だけどライトだから、興味があるならぜひきてね」
声に抑揚のない、平坦な調子でそう言った。
コスプレ女性が割り込んできて、桐谷に向かって言う。
「あの…… 入ってくれたら全力で歓迎しちゃう」
女性の顔が、桐谷の顔に近づく。
桐谷が顔を赤くした。
ひかるが言う。
「この研究会に入るの?」
逆にコントローラー男が割り込んでくる。
「もちろん女性も歓迎するよ」
コントローラー男は、何かを感じてコスプレ女性をゆっくりと振り返る。
軽蔑するような視線を浴びせられてコントローラー男は一歩後退した。
体につけていたコントローラーの一つが、ブラリと垂れた。
無意識に桐谷が垂れたコントローラーを手に取る。
「あっ、これ!」
黒いコントローラーでボタンが直線的に三つ並んでいる。
「なんだっけ? 確か、友達の家に古いテレビと一緒に置いてあって……」
桐谷が目を閉じ、おでこに手を当てた。
しばらくそうしていたが、突然目を開いた。
「でいとーなー! そうだ、デイトナUSA! 友達の家に行っても、それしか出来なかったんだ」
「デイトナUSAなら、ちょうど今、うちのサークル部屋に筐体が置いてありますよ」
桐谷が目を輝かせた。
「この黒いゲーム機、あるんですか?」
「いや、そのコントローラーはセガのメガドライブだろ? 部室に置いてあるのは、ゲーセンの筐体」
「見たい!」
即答だった。
コスプレ女性をその場に残して、コントローラー男が、スタスタと歩き出す。
桐谷は引かれるように後をついていき、ひかるもそれを追った。
角を曲がり、教室の建物とは違う作りの建造物が出てくると、コントローラー男が建物に据え付けられた装置にスマホをかざした。
すると男が向いているオートドアが開く。
「先に中に入って」
おそらく閉まるとまたスマホをかざさないといけないのだろう。
桐谷とひかるが先に中に入った。
コントローラー男が言う。
「俺は遠藤って言うんだ。本当は、この格好の通り『家庭用ゲーム機』の歴史を調べたり、とか、古い家庭用ゲームで遊ぶのが好きなんだけど、たまたま君たちが『デイトナUSA』って言うからゲーセンの筐体を案内しているんだ」
「さっき言ってた『メガドライブ』って言うのは持っているんですか?」
「持ってるよ。けど他人には遊ばせない」
桐谷は視線を落とした。
再び遠藤がスマホを扉の横の装置に当てた。
電子音がすると、扉のロックが外れた。
三人は真っ暗な部屋に入っていく。
遠藤が壁の光っているスイッチに触れると、部屋の明かりがついた。
部室というイメージから想像するより広い部屋だった。
「ケーブルがあるから足元気をつけて」
ハンドルがついた大きな筐体があった。
赤い車を模した箱状のものに『41』と書かれている。
「今電源入れてやるから」
さまざまなチェック画面が表示されたのち、桐谷も見慣れたタイトルが表示される。
筐体から音が流れてくる。
そして桐谷が言っていた『デイトナー』をそのゲーム筐体から聞いた瞬間、桐谷は拍手した。
「これ!!!」
桐谷が近づいていくと、遠藤が言った。
「残念だが、これも遊ばせることはできない」
「えっ……」
「これミュージアムに納めようという計画があるんだ」
残念そうではあったが、桐谷は笑顔で歌っていた。
「デイトナー!」
二人は遠藤が出す書類にサインをして『れとろゲーム研究会』に所属することになった。
桐谷とひかるは、帰り道で話した。
「あの研究会に参加するのでよかったの?」
「うん、ゲームってやったことなかったけど、配信する人多いから興味はあったんだ」
「ならゲーム機欲しくない? 家には置けないから、いつも友達の家に行ったんだ」
ゲーム機を買う。
桐谷が家にくる。
部屋で二人きりでゲームをする。
ひかるは、急にドキドキしてきた。
ゲームが終わり、二人の会話が途切れがちになる。
見つめあって、さらに距離が縮まっていく。
「……買えるんだって」
「えっ?」
「ここで今買えるんだって人気のゲーム機」
ひかるはようやく自分がいる場所を認識した。
家電量販店の赤っぽい印象を受けるゲームコーナーだった。
「どうする?」
「買います!」
ひかるは家に帰ると、美月がすでに帰ってきていた。
「ひかる? 今日は、お父さんご飯買ってくるけど何が良い? って、何買ってきたの」
「げ、ゲーム機」
「ひかる、ゲームとか興味あったっけ? すごく流行った携帯ゲーム機の話した時、そういうの興味ないって言ってたから」
去年の夏、養子になるまでひかるは『竹』に育てられていた。
小学校も、中学校もいかず、山の中で生活していたから、同世代の子供が経験した流行は、知ってはいたが経験できていないのだ。
「大学入学できたし、少し新しいこともはじめようかと」
「へぇ。そうだ。ゲームは何買ったの? リビングのテレビに繋いでみようよ」
「えっと、あの。自分の部屋でやろうかと思ってたの」
自分の部屋に置かないと…… 桐谷を家に呼んでも何も起こらないかもしれない。
「うんうん、そうだけど、私にもやらせてよ」
美月の言葉を聞いて、ひかるは安心した。
そして、ひかるはあらためてこの星に送られてきた目的を思い出した。
しかも自分が望んだ形でそれが成し遂げられる。
「あっ、お父さんの怒りの電話が来たわ」
二人は笑った。
美月とひかるは、買ってきてもらうご飯を、スマホの向こうの康二と話すのだった。




