奇妙なめまい
例の県職員は仕事の合間、合間で、謎の女性のこと、そして竹林のことを調べていた。
謎の女性とは、ホストクラブの用心棒を一撃で立ち上がれなくし、大熊が死んだ頃、村の監視カメラに脅威の運動能力を持つかのように映っていた。
だが今、彼は県庁のオフィスにいて、普段の仕事をしていた。
「大吾」
机に座っていたその県職員は振り返った。
職員の中で同じ苗字の人が多い為、名前で呼ばれていた。
「お客さんだよ」
親指で廊下の方を示す。
確か山で猟をしている男性が尋ねてくることになっていた。
大吾は廊下に出ると、そこには帽子をかぶり、暖かそうな革の上着をきた男が立っていた。
「佐藤道成さんですか?」
「そうじゃけ。あんたが竹林の話を聞きたいっつう佐藤さん?」
「同じ佐藤なんで大吾でいいですよ」
道成は軽く帽子を持ち上げると、会釈した。
大吾ももう一度頭を下げた。
「こっちも道成でいいべ」
「会議室をとっているので、こちらへどうぞ」
大吾は途中自販機の前で立ち止まった。
「何かお飲みになりますか?」
財布を探すふりをするので、大吾は察したように言う。
「おごりますので」
「汁粉で」
大吾は缶の『おしるこ』とコーヒーを買った。
会議室のカードを操作して扉を開けると、道成を招き入れた。
小さな会議室で、二人は向かい合わせに座った。
大吾は、持っていたタブレットの画像を会議室のモニターに映した。
「モニタで地図見るとよくわからんが、確かにこの中心にある竹林じゃ」
「何か奇妙なものを見たとか」
「奇妙なというか、ここは確実におかしいべ」
この場所が『おかしい』と言うのは大吾本人も思っていた。
以前、熊狩りに同行した際、この竹林に入り、熊狩りの全員が『めまい』を感じた。
それだけでも十分異常だが、それを知りつつ誰もこの竹林に対して定量的な観測を行おうとしない。
大吾はこの竹林の異常さを訴え、県、あるいは国にしっかりとした調査をしてほしいと思っていた。
「私もそう思っています。この竹林に入ると、妙なめまいがしますし」
「あんたもそうか。そう。きっかけはこのめまい」
道成は、話を始めた。
彼も何度か竹林に入って、めまいを経験している。
最近は熊が増えたため、あまり単独では山に入らないそうなのだが、昔は単独で山に入ることも多かったそうだ。
「三年ぐれぇ前だ」
道成は単独で山に入り、鹿などを追っていた。
かなり奥まで入り込んでしまい、山の中で夕方を迎えていた。
だが、あとは帰るだけだと安心していた。
その道の途中、竹林の近くへとやってきた時だった。
天気予報とは異なり、天候が急変した。
「雷さバシバシ落ちてきて」
天気が変わるのを待つしかなかったという。
目の前の竹林に、何度も何度も雷が落ちた。
それを見ていると、不思議な感覚に襲われた。
「なんか竹林に見える『影』が怪しいんだ。だがらよっぐ見た」
大吾は、モニタに映した地図に、竹林の映像を映した。
「何度も落ちてるのに、竹の割れる音もしねぇ」
「……」
「まるで誘導しているように見えだ」
誘導? この会話を録音していたが、大吾はあえて文字として『誘導?』とメモをとった。
雷がおさまると、道成は竹林へ入っていった。
「確かめてぇことがあった」
彼は雷が落ちた際、不自然な影を見たという。
「テレビや映画で、画像処理したような感じだった」
大吾が聞き取っていくと彼が見たものがわかっていく。
テレビでクロマキーによる画像合成した際の、境界に残されたノイズのようなものらしい。
竹の桿が光ったように見えた。
「怖くなかったんですか?」
「そん時は異常気象で興奮してたせいか、好奇心が勝ったみてぇだ」
不審な影を確かめるべく、道成は竹林へ入っていく。
めまい、平衡感覚を失うような体調の変化を感じながらも、奥へと進んでいった。
「携帯の電波なんて気にしてもいねがったが、GPS電波も受け取れねぇ。竹林の中で完全に居場所を見失っぢまっだ」
その上、竹林の中はやたらに霧が濃かった。
GPS電波が入らないせいで、あらかじめダウンロードしていたマップも役に立たなくなっていた。
進んでいくうち、妙な唸り声が聞こえてきた。
これだ、と道成は思った。
この音の発生源が謎の根源だと。
そう考えたあとは、迷うことはなかった。
彼は力強く進んでいった。
「罠だったのかもしれん」
「罠、ですか?」
「目の前に出たんだ。見たこともねぇ大きな熊だった」
大吾は思った。
この近辺には、大型の個体が何匹もいるはずがない。先日、竹林近くで死体を発見した熊に違いない。
「必死でにげだ」
もう何もかも分からなくなるほど、必死に走った。
熊との遭遇後は、記憶が混乱していた。
「このまえ、庁舎でやってだ」
「なんですか、突然」
「庁舎で夜、催しをやってだな」
大吾は首を傾げた。
そして思いつくまま言ってみた。
「選挙? 祭り?」
「ほれ、とうえいして」
「……周年祭のプロジェクションマッピングの件ですか?」
日焼けした茶色い肌の手を、力強く合わせると『パチン』と大きな音がした。
「それ、ぷろじぇく……っぴんつーやつ」
「竹林の秘密を隠すために、誰かがそういう細工をしていた、ということですか」
「もっと高度で、わかりにくいやつなんじゃと思うが」
大吾は考える。
確か県庁でやったプロジェクションマッピングは、姉妹都市になっている海外の街の力を借りて行ったものだ。
企業秘密もあるため、直接設営・操作するとのことで大勢が来日して実現したのだ。
素人目にみても、あの時県庁で行われたものはすごかった。
SF映画で見る『ホログラム』のように思えた。
三年以上前に、あれよりもすごい技術を『竹林』で行ったのだとしたら、竹林に存在するモノはなんだ。
「今、熊は死んだかもしれねぇが、あそこにはべずの何かがいる。近寄ったらあがん」
いや、近づいて調べる必要がある、と進言しようとしているのだ。
大吾は庁舎を出るところまで送っていくと、最後に言った。
「貴重な経験を教えていただきありがとうございました」
「何度も言うが、勘はよく当たる。近づくんじゃねぇ」
真剣というより、脅しに近い表情だ。
その顔から、大吾はより強い確信を得たのだった。




