表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の隣で終わる世界  作者: サイガ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/20

写真の裏側

 週末の写真棟は、人の気配が少なかった。

 白い蛍光灯の下、篠原紬は現像室のドアを閉める。

 微かな薬品の匂い。赤いランプが、静かに室内を染めていた。


 合宿で撮った写真を整理するため、ずっとここにこもっている。

 シャッターを切るたびに、心が少しだけ軽くなる――はずだった。

 けれど今は、胸の奥がひどく重い。


 トレイの中に浮かび上がる一枚。

 雪の斜面を滑る真中遥斗。

 その表情は、どこか遠くを見ているようだった。


 「……どうして、そんな顔してるの」

 思わず呟く。

 写真の中の彼は、いつもの笑顔ではなかった。

 凍える風の中で、何かを思い詰めているような瞳。


 紬は現像した写真を乾かしながら、ノートパソコンを開いた。

 フォルダの中には、遥斗が送ってくれた映像ファイルがいくつかある。

 “滑走フォーム確認用”と名前がついていたが、

 再生すると、風の音と一緒に微かな声が入っていた。


 > 「篠原、今度は一緒に滑ろうな」


 画面の向こうで、彼が振り向いて笑う。

 それだけの動画なのに、胸の奥が痛んだ。


 ――どうして、もっと素直に笑えなかったんだろう。


 昨日の誤解のことが、まだ頭から離れない。

 あのとき「寂しかった」と言えたら、少しは違っていたのだろうか。


 パソコンの通知音が鳴った。

 SNSの未送信ボックスが光っている。

 彼に送るはずだったメッセージ――

 > 「写真、現像できた。見せたいのがある」

 数日前から書いたまま、送れずにいた。


 指が震える。

 送るかどうか、ほんの数秒、迷った。


 ――けれど、今はまだ、会う勇気がない。


 紬はタブを閉じて、静かに息を吐いた。


 そのとき、背後でドアが開く音がした。

 「篠原、まだ残ってたのか」

 遥斗の声だった。


 心臓が跳ねる。

 彼は濡れた髪をタオルで拭きながら入ってきた。

 「部のミーティングが終わって、ここ通ったら灯りが見えたから」


 紬は慌てて写真を隠そうとしたが、彼がすぐに覗き込む。

 「これ……俺か?」


 現像したばかりの写真を見て、遥斗は小さく笑った。

 「なんか、真面目すぎて変な顔してるな」


 「ううん、いい顔だよ」

 思わず言葉がこぼれた。

 「……頑張ってる顔、してる」


 遥斗は少し驚いたように目を見開き、それから照れくさそうに視線を逸らした。

 「……そっか」


 静かな沈黙。

 現像液の匂いの中、どちらも何も言えなかった。


 しばらくして、彼が写真の隅を指でなぞる。

 「なぁ、これ。背景、誰かいるな」


 「え?」

 紬が目を凝らすと、雪の遠くに、人影のようなものがぼんやり映っていた。

 輪郭が曖昧で、光の加減にも見える。


 「撮ったとき、誰かいた?」

 「……いなかった、と思う」


 その瞬間、紬の背筋に冷たいものが走った。

 それは、彼が事故に遭う“あの場所”と同じ斜面だった。


 遥斗は笑って流したが、

 紬はその影を見つめたまま、なぜか目が離せなかった。


 彼が帰ったあと、紬は写真を手に取った。

 光にかざすと、雪面の人影がわずかに滲んで見えた。

 まるで“何かを待っている”ような姿。


 ――この写真、きっと何かを映している。


 胸の奥に、名もないざわめきが生まれた。

 彼女は写真を封筒に入れ、そっと鞄にしまう。


 外に出ると、夜の風が冷たく頬を撫でた。

 空からは、また雪が静かに舞い降りている。


 ポケットの中で、スマホが小さく震えた。

 画面には、遥斗からのメッセージ。


 > 「明日、少し時間ある? 話したいことがある」


 紬は息を呑む。

 けれど、返信ボタンを押す手が動かない。


 “話したいこと”。

 それが何なのか、わかってしまいそうで怖かった。


 雪が、街灯に照らされてきらめいていた。

 白く静かなその光の中で、紬はただ立ち尽くす。


 胸の中で、撮れなかった写真の音が響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ