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君の隣で終わる世界  作者: サイガ


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7/20

冬合宿

 スキー部の冬合宿が始まった。

 長野の雪山。見渡す限り白く、空気は澄み切っていた。

 真中遥斗にとっては、何度目かの大会前の合宿だったが、今回は特別な気持ちがあった。

 ――紬が同行している。

 部誌の写真特集を任された彼女は、練習風景を撮るために参加していた。


 朝のゲレンデに立つ彼女の姿は、まるで風景の一部だった。

 カメラを構える横顔。指先まで冷えきっているのに、その目は真剣だった。

 「寒くないのか?」

 声をかけると、紬は振り向いて笑った。

 「平気。真中くんたちの方が寒そうだよ。」

 「俺たちは動いてるからな。」

 「そうだね。でも……その“動いてる姿”が、一番撮りたいんだ。」

 そう言って、彼女は再びファインダーを覗いた。

 その瞬間、雪が舞い上がり、彼女の髪を揺らした。

 遥斗は思わず見とれてしまう。


 午前の練習が終わる頃、空は灰色に染まり始めていた。

 天気予報にはなかった雪雲が広がっている。

 部員たちは次々とロッジへ戻っていく。

 だが紬は、もう少し撮りたいと言ってゲレンデに残った。


 「危ないから、俺も残る。」

 そう言うと、紬は小さくうなずいた。

 「じゃあ、少しだけ。」


 二人だけの雪原。

 風が止み、音が消える。

 シャッター音が、静寂の中に響く。


 「ねえ、真中くん。」

 紬がレンズ越しに言った。

 「写真って、時間を止めるものだと思う?」

 「……そうかもしれないな。」

 「でも、私はそうは思いたくない。

  止めるんじゃなくて、“残す”ためのものだって信じたい。」

 遥斗は少し考えてから答える。

 「じゃあ、今の俺たちも……残しておくべきだな。」

 紬の手がわずかに震えた。

 ファインダーの向こうで、彼の笑顔がゆっくりと切り取られる。

 その一瞬が、どれほど尊いかを二人ともわかっていた。


 雪が強くなってきた。

 視界が白くかすむ。

 「そろそろ戻ろうか。」

 遥斗が声をかけたとき、紬の足がわずかに滑った。

 「危ない!」

 彼は反射的に腕を伸ばし、彼女を抱きとめる。

 冷たい体温と、心臓の鼓動が触れ合った。

 近すぎる距離。

 紬の頬が、雪よりも赤く染まる。


 「……ありがとう。」

 その声は小さく、雪に消えた。


 ロッジに戻ると、他の部員たちはすでに夕食を囲んでいた。

 薪のはぜる音が温かく響く。

 紬は焚き火の前でカメラをいじりながら、ぽつりと言った。

 「ねえ、真中くん。もしさ、私がいなくなったら……どうする?」

 「……いなくなる?」

 「うん。例えば、遠くに行っちゃうとか。」

 「そのときは、また探すよ。何度でも。」

 紬は微笑んだが、目の奥は寂しげだった。

 「……優しすぎるよ。」


 夜、窓の外では雪が絶え間なく降り続いていた。

 白い闇の中、紬は一人、撮った写真を見返していた。

 その中に、滑走する遥斗の姿があった。

 勢いよく風を切るその姿は、まるで自由そのものだった。


 ――この瞬間を残したい。

 けれど、永遠にはできない。


 紬の頬を、一筋の涙が伝った。

 それは、暖炉の光に照らされて静かに消えた。

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