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君の隣で終わる世界  作者: サイガ


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6/20

冬の夜

 夜のキャンパスは、昼間とは別の顔をしていた。

 雪が薄く積もり、街灯の光を柔らかく反射している。

 遥斗は部室の窓から外を眺め、息を吐いた。

 白い息が曇りガラスに溶けて、すぐに消える。


 ――あの人影、結局なんだったんだろう。

 先日のスキー練習で見た“誰か”の存在が、まだ胸の奥に引っかかっていた。

 けれど、それを紬に訊く勇気はなかった。

 言葉にした瞬間、彼女との距離がまた遠くなる気がしたから。


 外に出ると、風が頬を刺すように冷たい。

 キャンパスのベンチに一人、紬が座っていた。

 肩に積もった雪も気にせず、静かに空を見上げている。


 「……こんな時間に、何してるんだ。」

 声をかけると、紬は振り向いて微笑んだ。

 「雪、降る前の空って好きなの。音がなくて、世界が止まってるみたいで。」

 その横顔は、まるで誰かを待っているようだった。


 遥斗は隣に腰を下ろす。

 冷えた木の感触が、ジンと伝わる。

 「風邪ひくぞ。」

 「真中くんも同じでしょ。」

 二人の息が混じり、白く漂う。


 しばらく無言で夜空を見上げていた。

 星が薄く瞬き、雪雲が流れる。

 「ねえ、覚えてる? 昔、夜にこっそりスキー場行ったこと。」

 紬の声が、少し震えていた。

 「覚えてる。あのとき、怒られたんだよな、二人して。」

 「そう。……でも、楽しかった。」

 紬は小さく笑う。

 「雪が降る音って、本当に聞こえる気がするんだよ。」


 その言葉を聞いて、遥斗は少し息を呑んだ。

 彼女の瞳に映る夜の光が、雪よりも透明だった。


 「ねえ、真中くん。」

 紬がゆっくりと顔を上げた。

 「もし、また離れることになっても……

  今度は、ちゃんと探しに来てくれる?」

 その声は冗談めいていたが、奥に小さな震えがあった。


 遥斗は迷わず答える。

 「当たり前だろ。何があっても、俺が見つける。」

 紬はほんの少しだけ目を細めた。

 「……優しいね。」

 「いや、俺はただ……そうしたいだけだ。」


 そのとき、雪が舞い始めた。

 最初は一粒、次にもう一粒。

 そしてすぐに、夜空いっぱいに白が降り注ぐ。


 紬は立ち上がり、両手を広げる。

 「ほら、初雪だよ。」

 雪の粒が髪に、頬に、まつげに落ちる。

 それを見て、遥斗の胸に不思議な感覚が広がった。

 冷たいはずの空気が、やけに温かい。


 「……写真、撮らないのか?」

 紬は少し考えてから、カメラを取り出した。

 「うん、でも今日は違う。

  “今”をちゃんと見ていたいから。」

 そう言って、シャッターを押さずに彼を見つめる。


 目が合う。

 時間が止まったように、雪の音だけが響いていた。

 言葉もいらないほど、互いの心が近かった。


 ――この瞬間を、きっと忘れたくない。


 雪は降り続け、街灯の光に溶けていく。

 紬が小さく呟いた。

 「ねえ、真中くん。……この冬が終わったら、話したいことがあるの。」

 「なんだ、それ。」

 「今は、まだ言えない。」


 その微笑みは、どこか切なくて。

 まるで“さよなら”の予感を孕んでいるように見えた。


 夜が深まり、二人はゆっくり歩き出した。

 雪の上に並ぶ足跡が、街灯に照らされて伸びていく。

 その軌跡は、まるで一本の道のように続いていた。

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