雪の距離
冬の空気は一段と冷たく、キャンパスの舗道に落ちる落葉を踏むたびに、乾いた音が響いた。
遥斗は、部活の練習後にスキー板を担ぎながら、ふと思い出す。
先日の撮影での紬の横顔。
光の加減で少し寂しげに見えたその表情が、頭から離れない。
昼休み、カフェテリアで偶然紬と隣のテーブルになった。
彼女は友人に囲まれながらも、ふとした瞬間にこちらを見て笑う。
それは幼い頃の笑顔とは違う、少し大人びた、柔らかい微笑みだった。
「昨日の写真、すごくよかったよ。」
「ほんと? ありがとう。」
紬は軽く笑ったが、その目は少し伏せられていた。
――やっぱり、何かを考えている。
「ねえ、今度の週末、部の練習に来ない?」
紬の言葉に、心臓が跳ねた。
「いいけど、何で?」
「写真を撮りたいの。滑ってる姿、もっと自然に残したいから。」
彼女の声には、期待と少しの不安が混じっていた。
週末、雪山の練習場はうっすら霧に包まれていた。
遥斗が滑るたび、粉雪が舞い、朝の光に反射してキラキラと輝く。
紬はカメラを構え、シャッターを押し続けた。
その表情は真剣そのもの。
だが時折、遠くを見つめる瞳に、何かを探している気配がある。
休憩のとき、二人は小さな丘に腰を下ろした。
紬が小さく吐息をつき、手元の写真を見せる。
「雪の上を滑る真中くん……こんなに自由な顔、知らなかった。」
「そうか?」
「うん。滑ってるときの表情は、本当に“今”だけでできてるって感じ。」
遥斗は少し照れたが、言葉よりも視線を返す。
そのとき、後ろの樹林の奥で人影が揺れた。
――誰だろう。
紬もそれに気づき、一瞬硬直した。
「大丈夫?」
「……大丈夫。」
紬は微かに笑みを浮かべたが、その瞳の奥には何か隠している影があった。
帰り道、雪の降り積もった坂道を歩きながら、紬がふと口を開いた。
「ねえ、真中くん。昔の約束、覚えてる?」
「“また一緒に滑ろう”ってやつだろ。」
「そう。それ、まだ守りたいんだ。」
その声には少しの切なさが混ざっていた。
駅に着き、別れ際。
紬はカメラを肩にかけ、雪の中に一歩踏み出す。
「またね。」
「……ああ、またな。」
遥斗は、彼女の背中を見送るしかできなかった。
傘のない手には、冷たい雪が溶けて染み込む。
夜、自室でアルバムを開く。
滑る自分の姿。
その背後に、いつも紬の影が写り込んでいる。
彼女は、何を見ているのだろう。
そして、何を隠しているのだろう。
窓の外、雪が静かに降る。
遥斗は小さく息を吐き、アルバムを胸に抱いた。
――この冬、何かが変わる。
そして、その変化が、幸福とは限らないことを、まだ知らなかった。




