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君の隣で終わる世界  作者: サイガ


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3/20

スキー部の誘い

11月に入り、山から吹き下ろす風が冷たさを増していた。

 キャンパスの並木道はすっかり色を失い、吐く息が白くなる。

 真中遥斗は部室棟の階段を上りながら、肩にかけたスキー板の重みを感じていた。

 シーズン前の調整期間。新入部員の指導や大会準備で忙しい毎日だ。


 それでも、心の奥はどこか落ち着かなかった。

 あの日――紬と傘を差した帰り道の沈黙が、まだ耳の奥に残っている。

 再会してから、彼女のことを考えない日はなかった。

 なのに、言葉にできる気持ちはひとつも見つからない。


 部活の終わり、掲示板に貼られたポスターが目に入る。

 《スキー部 冬季大会出場メンバー募集》

 写真展の隣には、《学生写真部 冬季作品撮影会》の案内もあった。

 その下に見慣れた字がある。――「代表:篠原紬」。


 思わず足を止めたその瞬間、背後から声がした。

 「やっぱり、真中くんだ。」

 振り向くと、紬が立っていた。

 白いマフラーに包まれた顔が、寒さでほんのり赤い。


 「スキー部、まだ続けてたんだね。」

 「まあな。辞めたら落ち着かなくて。」

 「……そっか。変わらないね。」

 紬は微笑みながら、掲示板の自分の名前に目をやる。


 「ねえ、お願いがあるんだけど。」

 少しの間を置いて、彼女は続けた。

 「冬の撮影課題で“動きのある被写体”を撮らなきゃいけないの。

 もしよかったら、滑ってるところ、撮らせてくれない?」


 唐突な誘いに、遥斗は少し戸惑った。

 彼女の視線は真っ直ぐで、まるで答えを試すようだった。

 「……俺でいいのか?」

 「うん。真中くんが滑るときの空気、覚えてるから。」

 その言葉に、胸の奥がかすかに熱くなる。

 「いいよ。今度の練習、撮影OKだ。」

 紬の顔がふわりと明るくなった。


 撮影の日。

 早朝のスキー場は、淡い霧に包まれていた。

 紬はカメラを構え、ファインダー越しに遥斗を追う。

 雪面を切る音、冷たい風、遠くで鳴るリフトの音。

 彼女の指がシャッターを押すたび、世界の時間が一瞬止まるようだった。


 休憩の合間、二人は雪の上に並んで腰を下ろした。

 紬はレンズを拭きながら呟く。

 「真中くんってさ、滑ってるとき、すごく遠くを見てるよね。」

 「……そう見えるか?」

 「うん。まるで、どこにもない場所を探してるみたい。」

 遥斗は答えられなかった。

 スキーは、彼にとって“逃げるための場所”でもあったからだ。


 しばらく沈黙が続いた。

 紬は雪を指先でつまみ、そっと投げる。

 白い粒が風に乗って舞い上がる。

 「ねえ、あの約束、まだ覚えてる?」

 「……“また一緒に滑ろう”ってやつか。」

 「そう。あのとき、泣きながら言ってくれたの。」

 紬の声が、雪の静けさに溶けていった。


 練習が終わる頃、紬はカメラの中の写真を一枚見せた。

 雪煙の中を滑る遥斗。

 その顔は、自分でも見たことがないほど穏やかだった。

 「これ、すごく好き。」

 彼女がそう言った瞬間、遥斗の胸に言葉が刺さった。

 好き――写真のことなのか、それとも。


 帰り際、紬がふと空を見上げる。

 「冬って、終わるの早いね。」

 「……そうだな。」

 「だから、ちゃんと残しておきたいんだ。

  見えるうちに、撮っておきたいものが、あるの。」


 その横顔は、どこか遠くを見ていた。

 まるで、自分の中に“終わり”を知っているように。


 夜、帰宅した遥斗は机の上に置かれた写真を見つめた。

 雪の光の中、自分を撮った一枚。

 その背後には、カメラを構える紬の影がかすかに写り込んでいる。


 彼女は、何を見ていたんだろう。

 その問いが胸の奥に沈んだまま、夜が更けていった。

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