写真と記憶
雪が完全に消え、桜が咲き始めた頃。
紬は、大学の写真研究室にいた。
机の上には、現像された何十枚もの写真が並んでいる。
それは、彼が最後に撮ったスキー部の写真、
そして――彼女が撮った、遥斗の最後の瞬間。
「……やっぱり、全部覚えてる」
写真を指でなぞりながら、紬は小さく息を吐いた。
白い雪原、風の流れ、笑い声。
どれも“止まった時間”なのに、見ていると動き出す気がした。
――『この雪、春になったら全部溶けるけど、それでいい。
写真に残れば、ちゃんと“ここにいた”って証になるだろ?』
あのとき、遥斗がそう言って笑った。
その言葉を思い出した瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。
紬は一枚の写真を手に取る。
それは、吹雪の直前に撮ったもの。
雪の中で、遥斗がカメラを持って振り返る姿。
その笑顔は、いつもより少しだけ優しかった。
「どうして、あの時わかったの?」
紬は写真に問いかける。
「……自分が、いなくなるって」
返事はない。
ただ、窓の外で風が吹き、桜の花びらが一枚、机の上に落ちた。
紬は目を閉じる。
雪と桜。
季節が巡っても、あの日の白い世界はまだ胸の奥に残っている。
ふと、研究室の隅に置かれた段ボールが目に入った。
「真中遥斗 私物」と書かれている。
誰も開けることができずに、そのまま残っていた。
紬はゆっくりと箱を開けた。
中には、スキー手袋、メダル、古びたノート、そして――一冊のアルバム。
開くと、幼い頃の写真が並んでいた。
海辺で砂の城を作る二人、夏祭りで笑う二人。
ページの端に、小さな文字で書かれていた。
――「紬と一緒にいるときが、一番自然な俺だ」
その文字を見た瞬間、紬の目から涙がこぼれた。
声にならない嗚咽がこみ上げる。
「……もう、いないのに……ずるいよ」
泣きながらも、紬は最後までアルバムをめくった。
最後のページには、空白のポケットが一つ。
そこに、一枚のメモが挟まっていた。
『いつか、また一緒に滑ろう。雪でも、春でもいいから。』
文字は不揃いで、どこか照れくさそうな筆跡。
まるで未来を信じて書かれたようだった。
紬は涙を拭い、机の上にあるカメラを手に取った。
レンズを覗く。
映るのは、夕陽に照らされた桜の並木。
「あなたの“また一緒に”って、こういうことだったのかな」
小さく呟き、シャッターを切る。
カシャ。
写真の中で、光が柔らかく溶ける。
まるで、雪が春の光に変わっていくように。
紬は新しいアルバムを開き、その写真を最後のページに差し込んだ。
――“また一緒に”のタイトルを添えて。
彼女は微笑んだ。
「ねぇ、真中。ちゃんと、前を向くよ。
あなたがくれたこの景色を、私がこれからも撮っていくから」
窓の外では、風が桜を散らしている。
その一枚が、そっと彼女の肩に落ちた。
紬はそれを指先で受け止める。
桜の花びらが、ふわりと光を返した。
それはどこか、雪のようでもあった。




