告白
吹雪が過ぎ去った朝、山の空気は異様なほど澄んでいた。
昨夜の嵐が嘘のように、世界は純白に包まれている。
ロッジの屋根から落ちる雪の音だけが、静かに響いていた。
遥斗は外に出た。
踏みしめる雪が軋み、冷たい風が頬を刺す。
空は淡く光り、雪面に反射してまぶしい。
――昨日、紬が言った言葉が頭から離れなかった。
「私、病気なの」
その声が、今も耳に残っている。
彼女がどれほどの痛みを抱えていたのか。
どれほどの不安を、笑顔の裏に隠していたのか。
その全部に気づかないふりをしていた自分が、たまらなく情けなかった。
「……伝えなきゃ」
雪を見つめたまま、呟いた。
午後、風が少し落ち着いたころ、紬が外に出てきた。
厚手のマフラーに顔をうずめ、カメラを肩にかけている。
「コーチが安全確認に行ったみたい。道、少しずつ開けてるって」
「そうか」
会話はそれだけだった。
けれど、互いの間に漂う空気が、どこか違っていた。
「少し、歩かない?」
遥斗の提案に、紬は一瞬ためらってから頷いた。
二人は雪の坂道を並んで歩く。
足跡が二本、白の上に伸びていく。
吐く息が白く重なり、少しずつ遠ざかる世界に溶けていく。
「昨日のこと、びっくりしたでしょ」
紬がぽつりと言った。
「……あぁ。正直、怖かった」
「ごめんね、隠してて」
「謝るなよ」
「だって、あのままだったら――」
「紬」
その名を呼ぶ声が、雪に吸い込まれる。
彼女が立ち止まり、振り向いた。
遥斗は息を整え、目を逸らさずに言った。
「俺、お前が好きだ」
紬の瞳がわずかに揺れた。
風が一瞬、止まったように感じた。
「……なんで、今なの?」
「今だからだよ。もう、嘘つきたくない」
「ダメだよ」
紬は首を振った。
「私、長く生きられないかもしれないのに」
「そんなの、関係ない」
遥斗は一歩近づき、彼女の肩を掴んだ。
「お前がいなくなるなんて、考えられない。
どんな未来でもいい。お前といる今が、俺にはすべてなんだ」
紬は俯いた。
雪の上に、ぽた、と小さな滴が落ちた。
「……ずるいよ、そんな言い方」
「ずるくてもいい。俺は本気だ」
しばらく沈黙が流れた。
遠くで風が木々を揺らす音がする。
紬は顔を上げ、泣き笑いのような表情で言った。
「……私も、好きだよ」
その瞬間、世界が少しだけ温かくなった気がした。
雪が舞う空の下で、二人は見つめ合う。
手袋越しに指先が触れた。
それだけで、胸の奥が熱くなる。
「ほら、せっかくの雪だから」
紬が笑って言う。
「滑りに行こうよ。……今の景色、撮っておきたい」
「いいのか?」
「うん。あなたとなら、どんな雪でも大丈夫」
その笑顔は、あまりにも優しかった。
まるで、この瞬間を永遠に閉じ込めるように。
紬がカメラを構え、遥斗を撮る。
シャッターの音が、静かな山に響いた。
「ねぇ、また来年もここに来よう」
「……あぁ、約束だ」
その“約束”が、二人にとって最後のものになるとは、まだ誰も知らなかった。




