冬祭り
翌朝、空は嘘のように澄み渡っていた。
昨夜の吹雪が信じられないほど、青が眩しい。
雪はすっかり整えられ、白い世界に陽光が反射してきらめいていた。
「昨日のことが嘘みたいだね」
紬が言った。
その声は明るく、けれどどこか“安堵の余韻”が混ざっている。
「コーチも笑ってたよ。今日だけは完全オフだってさ」
遥斗は笑いながら言った。
スキーウェアの代わりにパーカー姿の彼は、少し軽やかに見える。
村では今日、「雪灯り祭り」が開かれる予定だった。
年に一度、雪山の神へ感謝を捧げる小さな行事。
夜になると、無数のキャンドルが並び、雪原が淡い光で満たされる。
「一緒に行こうよ」
紬がそう言ったとき、遥斗は少し驚いた顔をした。
彼女から誘われるのは、初めてだった。
午後、二人は宿の裏手にある小道を歩いた。
スキーのコースとは違う、静かな雪の道。
紬は首元のマフラーをぎゅっと握りながら、時々笑う。
「ねぇ、最初に会ったときのこと、覚えてる?」
「うん、忘れるわけないだろ」
「私、あのときすごく焦ってたんだよ。リフトの乗り方わかんなくて」
「で、俺が後ろから声かけて、余計驚かせたんだよな」
「そうそう!」
二人の笑い声が、雪に吸い込まれていく。
その光景は、まるで時間が止まったように穏やかだった。
広場に着くと、準備が始まっていた。
地元の人たちが氷の灯篭を並べ、子どもたちは雪像を作って遊んでいる。
屋台の匂いに誘われて、紬は焼きとうもろこしを買った。
「ちょっと焦げてるけど、おいしいね」
「そういうのが一番うまいんだよ」
遥斗も一本を受け取り、笑いながらかぶりついた。
やがて夕暮れ。
空が茜色から群青へと変わるころ、広場中の灯篭に火がともる。
雪の上に並んだ光が、まるで星空が地上に降りたようだった。
「きれい……」
紬が息をのむ。
その横顔を、遥斗は静かに見つめた。
彼女の瞳に映る灯りが揺れている。
その光が、なぜか儚く感じられた。
「ねぇ、真中」
「ん?」
「もし、私がもう一度どこかに行くことになったら……そのときも、探してくれる?」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
「なんだよ、いきなり」
「ふふ、ごめん。なんとなく、聞きたくなったの」
紬は笑う。
けれどその笑みは、少しだけ寂しかった。
「もちろん探すよ。何度でも」
遥斗はまっすぐ言った。
その瞬間、彼女は小さく息をのんで――微笑んだ。
花火の音が響いた。
夜空に白い閃光が咲く。
光が雪に反射して、世界全体が一瞬だけ明るくなる。
紬は両手を胸の前で組み、目を閉じた。
「……ありがとう」
「え?」
「ううん、なんでもない」
夜が深まり、祭りが終わるころ、二人は坂道を登って宿へ戻った。
街灯の下、紬の影が遥斗の影と重なる。
「今日、楽しかったね」
「そうだな」
「……また、こういう日が来るといいな」
「きっと来るよ」
言葉は静かに雪に溶けた。
――そしてその夜、遥斗は奇妙な夢を見た。
雪の中で、誰かが呼んでいる。
白い手が差し出される。
掴もうとした瞬間、その手がふっと消える。
目を覚ますと、窓の外にはまだ星が瞬いていた。
だが、その星の光がなぜか冷たく感じられた。




