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君の隣で終わる世界  作者: サイガ


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12/20

事件の予感

 翌朝、空は鈍い灰色に覆われていた。

 夜のうちに降り積もった雪で、スキー場のコースは真っ白だ。

 風はまだ穏やかだったが、空気の密度がどこか重く感じられる。


 真中遥斗はリフト乗り場でストックを握り、深呼吸をした。

 今日の練習は午前中だけ――午後からは天候が崩れるという予報だった。


 「なぁ、本当に大丈夫なの?」

 声をかけてきたのは篠原紬だった。

 昨日より少し強い風が、彼女の髪を揺らす。


 「平気だよ。これくらいなら問題ない」

 遥斗は笑って答えた。

 けれど、その笑顔の裏で、彼自身も少しだけ胸騒ぎを覚えていた。


 コーチの指示が飛ぶ。

 「今日は新しいコースを使う! 視界が悪くなる前に終わらせるぞ!」


 新しいコース――それは昨日、紬が写真を撮った場所と同じ斜面だった。

 写真の奥にぼんやり映っていた“人影”のことが、ふと脳裏をよぎる。


 (まさか、ただの影だよな……)


 リフトが頂上へ向かう。

 雪雲が低く垂れ込め、視界の先が霞んでいる。

 リフトの振動が小刻みに身体を揺らした。


 「ねぇ、真中」

 紬が隣で小さく呼んだ。

 「……もし、また離れ離れになったら、どうする?」


 不意を突かれて、遥斗は息をのんだ。

 「そんなこと、考えるなよ」

 「ううん、なんかね、昨日からずっと変な感じがして……」


 彼女は言葉を途中で止めた。

 白い息が風に消えていく。

 遥斗は少しだけ笑って見せた。


 「大丈夫。俺、もう離さないから」


 その一言に、紬は目を見開いた。

 けれど、何も言えなかった。


 リフトが頂上に着く。

 二人は滑走の準備を整えた。

 風が強くなり、雪が斜めに降り始めている。


 「よし、行こう」

 遥斗が滑り出す。

 紬も続こうとするが、強い突風に一瞬よろめいた。


 「紬っ!」

 すぐに彼が戻ってくる。

 支えられた腕の中で、紬は震えていた。


 「やっぱり、今日は無理かも」

 「あと一本だけ滑ったら戻ろう。すぐ終わる」

 「……うん」


 滑走を再開したふたり。

 だが、コースの途中で遥斗は違和感を覚えた。

 雪面が、昨日とわずかに違う。

 踏み固められていない箇所がある。


 「おかしいな……」

 ブーツで軽く押すと、足元の雪が沈んだ。

 その下には、氷の層が薄く張っていた。


 (ここ、崩れるかもしれない……)


 だが、紬はすでに少し先を滑っていた。

 「紬、待て!」

 声を上げた瞬間、風が一段と強くなった。


 視界が白に包まれる。

 雪煙が立ち、彼女の姿がかき消えた。


 「篠原!」

 遥斗は叫びながら滑り込む。

 幸い、彼女は転倒しただけだった。

 小さな段差でバランスを崩したようだ。


 「大丈夫か!」

 「うん……ごめん、びっくりしただけ」


 彼は紬の腕を掴み、しっかりと立たせる。

 雪が二人のヘルメットに静かに降り積もった。


 風の音の中、彼はふと思った。

 この白い世界で、彼女を見失ったら――もう二度と見つからない気がした。


 午後に入り、コーチが中止を告げた。

 「下山するぞ! これ以上は危険だ!」


 ふたりは他の部員と共に山を降りた。

 その途中、紬がぽつりと呟く。


 「……ねぇ、私、今日、夢を見たんだ」

 「夢?」

 「誰かが雪の中で手を伸ばしてて、私がその手を掴もうとしたの。

  でも、指先が触れる前に――目が覚めた」


 その言葉に、遥斗は何も返せなかった。

 彼女の夢が、何かの“予兆”のように思えてならなかった。


 宿に戻るころには、雪が激しくなっていた。

 窓の外では、風が唸るように吹き荒れている。


 紬は窓辺に立ち、雪を見つめていた。

 「……明日、晴れるといいね」

 「明日は休みだってさ。外には出ないほうがいい」

 「そっか」


 彼女は小さく笑って、窓に指で文字を書いた。

 曇ったガラスに浮かぶ、拙い文字。


 > “また一緒に滑ろう”


 その言葉を見た瞬間、遥斗の胸に温かいものが広がった。

 けれど、その裏にある“かすかな不安”が、静かに影を落としていた。


 夜、風がさらに強まる。

 遠くで雪崩を知らせるサイレンが響いた。


 遥斗は、眠れぬまま天井を見つめていた。

 頭の中には、彼女の夢の言葉が繰り返されていた。


 > 指先が触れる前に――目が覚めた。


 まるで、それが未来の出来事を暗示しているかのように。

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