告白前夜
夜のキャンパスは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
外灯に照らされた歩道の雪が、薄く光を返している。
真中遥斗は、スキー部の部室棟の前でスマホを見つめていた。
画面には、未送信のメッセージがひとつ。
> 「明日、話したいことがある」
送信はすでにしてある。
けれど返事は、まだ来ていない。
――篠原、見てくれたかな。
思えば、再会してからの数ヶ月はあっという間だった。
雪の撮影、合宿、キャンパスでの偶然。
そのどれもが、過去の記憶を塗り替えていくようだった。
けれど、昨日の夜、現像室で見た彼女の横顔が頭から離れない。
赤い光の中で、紬は泣き出しそうな顔をしていた。
その理由を聞けなかったことが、ずっと胸に引っかかっていた。
「……明日、ちゃんと伝えよう」
小さく呟いて、雪を踏みしめる。
冬の冷たい空気が、肺の奥に刺さるようだった。
翌朝。
キャンパスの空は曇っていた。
空気の中に、かすかな雪の匂い。
紬からの返信は、結局来なかった。
それでも遥斗は、約束の時間に合わせて写真棟へ向かった。
廊下の奥、暗室の灯りが消えている。
扉の前で、彼は深く息を吸った。
「……紬」
返事はない。
扉を少し開けると、誰もいなかった。
現像のトレイに水だけが残り、静かに揺れている。
――来ないのか。
小さく笑って、ドアを閉める。
仕方ない、また明日でも。
そう思いながら、外に出ると雪が舞い始めていた。
スマホが震えた。
画面には、紬からのメッセージ。
> 「ごめん、行けそうにないの」
> 「少し、考えたいことがあるから」
たったそれだけ。
それなのに、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
「……考えたいこと?」
その言葉の意味を、彼は深読みせずにいられなかった。
拒絶ではない。けれど、肯定でもない。
――俺、何か間違えたのかな。
冬空を見上げる。
白い息が風に流れていく。
部室に戻ると、部長が声をかけた。
「真中、明日の遠征の準備できてるか?」
「はい。……明日、天候、どうなんですか?」
「午後から崩れるらしいけど、午前中なら大丈夫だろう」
その言葉が、どこか不吉に聞こえた。
遠征――それは、例年恒例の冬山での実地練習。
紬も「撮影に行く」と言っていた場所だった。
「……明日、会えるかもしれないな」
遥斗は小さく笑った。
けれどその声には、わずかに震えが混じっていた。
夜。
雪は勢いを増し、窓の外を白く染めていく。
彼は机の上に並べた写真を見つめた。
紬が撮った、自分の姿。
そのどれもが、どこか未完成な表情をしていた。
「明日……ちゃんと伝える」
その声は、誰に聞かせるでもなく、夜に溶けていった。
机の上のスマホが震える。
画面には、新しい通知。
紬からではなかった。
天気予報アプリの警報だった。
> 「明日午前、強風・吹雪の恐れ」
彼は少し笑って、窓の外を見上げた。
風に舞う雪が、街灯に照らされて渦を描いていた。
――この雪の先に、彼女がいる。
そう信じて疑わなかった。
それが、最後の夜になるとは知らずに。




