5.Promenade ~プロムナード~ #1
「行っちゃったぁ」
私はだんだん小さくなっていく新幹線を見送りながら呟いた。
「行こう、裕子」
「うん。……大丈夫かなぁ、美佳」
「後藤さんもいい大人なんだから大丈夫だって」
私の手をとり、貴志は歩き始めた。
彼と付き合い始めて2年になる。
少しやきもちやきなのを除けば、ルックスも性格も申し分ない年下の彼氏。
でも、この1年はデート中もそうでない時も『私が美佳に構いすぎるから』という理由でケンカばっかりだった。
さすがに美佳の前では普通にしていたけど。
2人してケンカで熱くなりすぎて、別れ話が出たのも1回や2回ではない。
貴志の気持ちも解るけど、それ以上に、好きだった彼が亡くなってからの美佳は見ていられなかった。
生きていくことを拒絶するように日に日に痩せていき、儚く現実離れしていく反面、外見的には平気なふりをして、毎日働きすぎというほど働いて、周囲にそつなくあわす美佳が痛々しくて。
多分、周囲の人は美佳の辛さに気がついていなかったはずだ。一番側にいた私がわかったぐらいで。
きっかけがあれば、消えてしまうこともためらわない雰囲気の彼女を見ていて、内心ヒヤヒヤしていた。
彼女と一緒にいると、その「きっかけ」を切望しているのがわかったから余計目が離せなかったし、あまりの辛さに無意識的に、時には意識的に常に自分の中に引きこもろうとしていたのを様子を見ながらとはいえ、半ば強引に現実につなぎとめていたのは私だ。
だから、出来るだけそばにいた。
早く元気になってほしかった。
おせっかいだったかもしれない。傲慢だったかもしれない。
それでも、辛さを分け合える人がそばにいるということは、それだけで心の痛みが軽くなるときもある。
辛いことをいちいち口に出せなかったとしても、日常の中で何気ないことで誰かと笑いあえたら明日を生きていく力になることだってあると思うから。立ち直れないほど辛いときは特に。
そういう思いを貴志にはなかなかわかってもらえなかった。
『俺と後藤さんどっちが大事なんだよ!』と言われて『そんな小さいことを言う器量の狭い男はこっちからお断りよ!!』と何度言い合ったことか……。
「でも、相変わらず細いけど少しは元気になったんじゃないの? 浮世離れした感じはまだあるけど」
「うん……。カズキの歌に出会って最悪な状態は越えたけど。でも、まだちょっとね」
私は寂しく微笑む美佳を思った。
「俺はさ、裕子に何かあったら、いつでもそばにいて、いつでも守るから」
驚き、目を上げて右隣の貴志を見た。
照れているのか前を向いたままこちらを見ようとはしない。
貴志のそういう言葉を久しぶりに聞いた。ケンカばかりで険悪でもう何時ダメになるだろうって覚悟していたから。
美佳の存在と私の恋。
最悪な場合、どちらを選ぶかというのは私の中では答えが出ていた。
身近な場所で親しい人が消えてしまうのは、もうこれ以上は本当にゴメンだった。
だから、私の恋が終わっても美佳のそばにいようと決めていた。
貴志が愛想つかして本気で別れたいといえば、私は引きとめはしなかっただろう、多分。
そこでハッとした。
なぜ、貴志がケンカしながらも美佳のそばに行くのに都合が許す限り一緒に着いてきたか。
なぜ、貴志が美佳のことで真剣になっている私と言い争いになっても、次に会う時は何事もなかったように会ってくれたか。
なぜ、貴志はケンカの流れで別れ話になっても、本気でそれを切り出さなかったか。
今やっとわかった気がする。
私が最悪の場合に選ぶ道をわかっていて、それに腹を立てていながらも、私といる時間を大切にしてくれていたから。
私を好きでいてくれたから。
当たり前のことが見えなくなっていた。
言い争うことばかりに気をとられて、きちんと自分の気持ちさえ話せてなかった……。
貴志の本気で言ってくれている言葉が単純にうれしかった。と同時に、私も悪いところはあったと猛烈に反省した。
「ありがとう。とてもうれしいし、心強いよ。私には貴志がいる。でもね、美佳は私がいないとひとりぼっちだった。もし、美佳まで消えてしまったらって思ったら……。わがままばかり、本当ごめん。本当に、ごめん」
泣くのは反則、と思いながらも最後は涙声になってしまう。
返事の代わりに私の手を握る貴志の手に力がこもった。