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26.抱きしめる

「……カズキ、アサトってあんな人なの?」

 すごく失礼を承知でもカズキに尋ねずにはいられない。

「いや、今日のアサトはなんだか変だ。……それより!」

「え、何?」

 カズキの口調が突然変わった。

「なぜアサトと抱き合っていたか説明してもらおうか」

「は?」

「そして、なぜ、後ろの紐がほどけているのか?」

「はぁ?」

 私は思わず自分の後ろを見ようとした。

 そうだった。紐ほどけてたんだっけ。私には見えないけど。

「アサトが紐ほどいて。でも、金具できちんと止まってるから大丈夫」

「そっか。で、なぜ抱き合ってたの?」

「ん?」

「なぜ?」

 どうやら答えるまで問いただすつもりらしい。目が本気だ。

「なぜって、カズキのいるところに連れて行ってくれるって、それからベンチに座ってたら、揉み合いになっちゃって」

「ふぅん。揉み合いねぇ……」

「そうなの」

 ウンウンと私は何度も頷いた。

 不機嫌そうなカズキはちらりと私を見ると目線を下におろした。それで気持ちを切り替えたのだろう。目を上げた彼はいつもと同じ表情に戻っていた。

「ほら、後ろ向いて。紐結んであげるから。それとも自分でキレイに結べる?」

「あ……、後ろは難しいかも。じゃ、よろしくお願いします」

 考えなしにカズキに後姿を見せたけれど、背中は露出していて直に肌が見える。

 そんな風に思うと、胸が苦しくなるぐらいドキドキして妙に緊張する自分がいた。

 しゅるっ、と布が擦れる音がする度に紐を結ぶカズキの指が後ろ首に触れる。胸の鼓動は強くなるばかりだった。

「あ、終わった?ありがとう、カズ……」

 結び終わったらしいので振り向こうとしたら、突然後ろからカズキに抱きしめられた。


 強い力で。

 

 息が出来なくなるぐらいビックリして、目を見開いたまま遠くにある外灯の灯りを見つめた。

 瞬きもせずに見つめる外灯はまるで私たちが初めてあった日の満月の光を思い起こさせる。

 夢を見ているのかと思っても、背中にカズキの着ている服の感触が直にわかり、現実の世界で起こっていることだと実感して。

 耳元で鼓動を聴いているように自分の心臓の音しかわからない。

 心の中はなぜ、どうして、という想いが嵐のように吹き荒れ混乱していた。

「美佳……」

 カズキは私の名前を呼ぶとさらに強く抱きしめた。

 そして。


 わかってしまった。カズキの想いが。

 背中越しに好きだという気持ちが伝わってくる。


 本当は随分前から薄々気がついていた。でも、見ようとしていなかった。


 なぜ、言葉じゃないのか。どうして、身体に直接注ぎ込むような伝え方をするのか。

 ずるいと思った。

 違う、そうじゃない。触れられたら、そこから彼に私の想いも伝わってしまいそうで。


 想いを伝えてくれるなら、まず言葉がいい。

 でも、その反面、言葉で伝えられたら、きっちりと返すことはできないかもしれないと思っていた。いや、確実に返すことはできないだろう。

 それも私の言い訳かもしれない。

 まっすぐな気持ちと屈折した気持ちが交差する。

 でも確かに思うこともあった。


 まだ、怖い。誰かを好きになることが。


 愛しい人を失った悲しみは私の中でまだ完全には癒えてはいない。

 もし、誰かを愛して。そして、また突然失ってしまったら。

 そんなにはありえないことだと思いつつも、その呪縛は私を縛る。まだ打ち消すことはできない。

 突然のカズキの行動にパニックになって、そして、いろんな想いが心の中だけでは処理しきれなくなって身体が震えてきた。

 それに気がついたのか、カズキが慌てて腕をほどいた。

「ゴメン、つい……。さっき少しお酒飲まされて訳わかんなくなっちゃったのかな?」

「カズキは悪くないよ。私こそゴメン」

 本当は今まで通り何もなくただ穏やかにカズキと日々を過ごしていきたい。


 そう思って、それを前面に出し続けている私のほうがもっとずるいのかもしれない。



 そして。

 私は自分の中で生まれつつあるもうひとつの想いも感じずにいられなかった。

 カズキのことをいちファンとしてでなく、ひとりの男性としてみている私がいる。

 彼に惹かれ始めていることを自覚せずにはいられなかった。


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