24.違和感
licaと一緒にいた時に一気に飲んでしまったお酒が回ってきた。
身体がだるく、頭がボーっとする。
酔ってしまい、いろいろ考えるのが億劫で、カズキのところまで案内してあげるというアサトの後ろで大人しくしていたが、彼を信用すること自体間違いだったのかもしれない。
私はいつの間にか彼に手を引かれ、だんだん人気のない場所に連れて行かれているのに気がついたから。
「どこへ行くの? カズキはどこにいるの?」
不機嫌さが滲まないように注意しながらアサトに尋ねた。
「だから、カズキのところへ」
アサトはチラっと振り返って目を伏せた。
そういう何気ない仕草にも妖艶さを纏う彼に対して、この人は危険だという気持ちが心の中で警告のように鳴り響く。
やがて私たちは外に出た。
そこは中庭らしきところだったが、屋外でもパーティや催し物を多目的にできるようにしてあるのか、広範囲にわたって良く手入れされた芝生が敷かれていて、ベンチがあり、外灯は2つポツリとあった。
シンプルだったけれども、外灯もベンチもアンティーク調の凝ったつくりのものを使用していてかなり高価そうだ。
辺りに人はいない。
「座って」
庭の端に等間隔に置かれたベンチの1つに私は座るように促された。
長い時間立ったままだったし、いい加減足が疲れたのもあって思わずベンチに腰掛けてしまった。
「カズキは?」
「俺じゃ、不満?」
優雅にベンチに座りながら、彼は言う。
いや、そういう次元の話ではなくて。
会話を続けようと思ったけれど、頭が重くて面倒だった。
「君のこと、口説きたいんだけどな」
は?
思わず顔を上げた。
アサトと間近で目がかち合う。
女性もうらやみそうなほどの肌理の細かい色白肌。
形のよい細眉にくっきりとした綺麗な二重まぶたにセクシーさを醸し出す長い睫毛。すっと通った鼻筋に少しぽってりとした色気のあるくちびる。
外灯にほのかに照らされた顔は、表情に陰影がついてその迫力のある美しさが余計に強調され、圧倒され、そして一瞬見惚れる。
「酔っているの? その潤んだ瞳に吸い込まれそうだ。君ほど美しい人は滅多にいない。カズキなんてやめて俺にしとかない?」
アサトの瞳が妖しく光る。
彼は私の顔を手のひらで包んだ。
骨太だけど長い指先が繊細に頬をなぜる。
それだけでも予想外の展開でビックリしたのに、ふと香ったアサトの官能的な甘い香水にますます頭がクラクラして身体の力が抜けてきた。
アサトは私が抵抗してこないことを確認して身体を近づけ耳元で囁く。
「……思う存分楽しませてやるから」
耳にアサトの吐息が触れた。背筋に電流が走ったようにゾクリとした。
改めて彼に素直についていったことを後悔していた。
きっと雰囲気と甘い容姿で女性をとっかえひっかえしているような人だろう。
そこら辺の普通の男性と一緒にしたらダメだ。
この人、タチが悪い。
私、カズキにも抱きしめられたことないのに。
そんな風に思ったら不思議に少しだけ身体に力が湧いてきた。
「ごめんなさい。あなたなんかに興味ない」
「そんなこと言ったってもうムダさ」
アサトはもう一度耳元で囁き、私の顔に置いている手を伸ばして首筋に触れ、服を結んでいる紐をほどいた。
ホルターネックの服は後ろ首のところで前面を覆っている布を結んでいるデザインの服だ。肩と背中は露出している。ということは肌を覆う布がないわけで。
もちろん結んでいる紐がほどけても大丈夫なように目立たない金具で留めてあるのはわかっている。
けれど、あっ、と気がそれた瞬間にアサトに強く抱きしめられた。
「いやっ……!」
力いっぱい抵抗するが、彼の力に全く歯が立たない。
私はもがき、彼は捕らえ、そして、私たちはもう少しで唇が触れそうな至近距離で睨みあう様に再び目を合わせた。
アサトの瞳はギラギラしているかと思いきや、湖のような静かさで私を見つめている。
外灯に照らされて、その冷ややかさが一層際立った。そして、その奥に広がる得体の知れない暗さ。
その瞬間、何かが違う、と直感した。
なんだろう、この違和感。
「……あなたは、本当は何がほしいの?」
思わず、口をついて出た言葉に彼はゆっくり目を細めると力ずくでキスしようとした。
もちろん全力で抵抗した。彼の瞳に宿った微かな憎しみに私が気がつかないはずがない。
「そこまでだ」
頭上から聴きなれた声が聞こえて、アサトは私から離れた。
そして、上を見上げるとカズキが無表情で仁王立ちの格好で立ってアサトの襟元から手を離しているところだった。。
「アサト、俺のイトコに手ぇ出すなんていい度胸だよな。こんなことして、もうお前に見惚れてのこのこついていくことないと思うけど、今度美佳に手を出したら……」
許さない。
言葉には出さなかったが、心まで響いてきそうなほどの圧力を感じさせた。
「美佳さんがあまりに美しすぎるから悪いのさ。どうしてカズキは普通でいられるの?」
アサトは一瞬気圧されて、表情を固くしたが、すぐに皮肉たっぷりと微笑んだ。
服を整えながら見せるその表情は複雑すぎて何も読み取れない。
「あーあ。せっかくいいところだったのに興ざめしちゃったよ。もう帰ろう。じゃ、カズキ、美佳さん。お疲れー」
彼はそういう形のよいくちびるをへの字にまげて、大きく伸びをしながら後姿を見せて消えていく。
私たちは呆然としながらその姿を見送った。