23.優しさにほほえんで
(どうしよう、カズキどこいったんだろう?)
食べ物にちょっと気をとられている間に、カズキとはぐれてしまった。
周りに知った顔はいない。
とりあえず、辺りをさがそうと歩き出した途端、誰かから後ろに引っ張られて近くの壁際に連れて行かれた。
振り向いてギョッとする。
きらびやかなドレスといつもより色っぽいメイクで一瞬誰かわからなかったけど紛れもなくlicaだった。
「ひとりで何ウロウロしてんのよ。カズキと一緒じゃなかったの?」
「……はぐれちゃって」
先日、刃物をつきたてられた時以来だった。あの時の気持ちと恐怖を思い出して声がひっくり返る。
まさか、この場で刃物をとりだすことはないだろうけど。
「何してんのよ。私が引っ張らなかったら、あのタチの悪そうな外国人に絡まれるところだったわよ」
彼女の視線の先に体格のいい脂ぎった外国人の中年男性がいた。
こっちにくるかどうか迷っているみたいだったけど、licaの渾身の力を込めた敵意ある視線にすごすご退散した。
それを見届けて、ほっとしたような顔をして私を見る。
「なんていうか、いつもと雰囲気全然違う。変われば変わるもんだね」
「あなたも」
今日のlicaは純白の生地に光の具合で七色に光るスパンコールをあしらったシンプルなミニドレス。
そして、装飾品は豪華なダイヤ。
さすがに芸能人は身なりが違うと横目でちらちら見ていたけれど、それも飽きて前を向いた。
お互い何を話していいのかわからず会話が途切れ、そのタイミングを見計らったかのように、ボーイが飲み物を持ってくる。
私はこの緊張した間をどうにかしようとお盆の上のものを適当にとって一気に飲み干した。
「うわぁ、お酒だった!」
「何してんよ、バカねぇ」
雰囲気からして彼女は少し酔っているらしい。手にしているものも色鮮やかなピンク色のカクテルだった。
しかし、会話が続かない。お互い壁を背に前を向いたまま無言だった。
「あのさ」
私は唐突に話し出したlicaを見た。
「この前はあんなことして悪かった。ごめんなさい」
「……」
「お酒入ってる上に、こんな場所でする話しじゃないかもしれないけど、あんたに会ったら一番に謝ろうと思ってたから」
「……うん」
「本当にごめん。あの後、あんたがふさぎこんだって聞いたから余計に悪くて。」
「大丈夫。……それに、あなたが抱えているものはもっと違う種類のものだってあの時感じたから」
licaが形のよい大きな瞳を上げてこちらをチラッと見た。
「私とは違うものを抱えていても、辛い、助けてって。その気持ちはわかったから。でも、きっとあなたはそれを乗り越えていくよね。私は……どうかな?」
目を上げて遠くを見つめる。
人が行き交うばかりで答えなんてどこにもない。
5年、10年、時が過ぎれば平気になっていくものなのだろうか?
未来の私はきちんと笑えているだろうか?
「乗り越えていけるかな、って具体的に考えられるようになっただけ、少しは前向きになったんじゃないの?」
「え?」
「乗り越えたくない時は、乗り越えることなんて考えないから」
licaは目元だけ表情を崩して笑う。
「いいじゃん、少しずつで。無理したってさ、変われないものは変われないし。変わるものは自然と変わっていくものなんじゃないの?」
愛想のない多少挑むような言い方だったけど、気にはならなかった。
彼女なりに励まそうとしてくれているらしい。
そう思うと、心が温かくなった。
本当に私のことが嫌いだったら、私のことを気遣って、それに対する言葉なんてかけてくれないだろう。
彼女は多分、不器用な人なのだろう。
『平成の歌姫』と言われるぐらい、いろんなものを手に入れている人だから、何に対しても器用にそつなく、もしくはそれ以上のことをこなすのが当たり前だと思っていたけど、それは、私が彼女に対して勝手に持ってるイメージなだけかもしれない。
「ありがとう」
「別に。私は何もしてないから」
乗り越えていく自信はまだないけど。
それでも、licaの優しさに微笑んだら、彼女の目が落ち着きなく泳いでソワソワし始めた。
私は大人っぽいドレスを着て子供みたいに照れている、そんな彼女をかわいらしいと思いクスクス笑った。
「何笑ってんのよ」
彼女は私の笑い顔を見ながらバツが悪そうに言ったが、彼女の顔にも少し笑顔が浮かんだ。
「私さぁ、芸能界入ったのは、高校1年の時なんだよね。
んで、デビューしてからは学校行っても特別視されて遠巻きに見られるか変に絡まれるかで。それ以来ずっと同年代ぐらいの子たちとほとんどマトモな交流なくてさぁ。はっきり言ってあんたともどう接していいかわからなくて。
……あぁ、もう。私ってば何わけのわからない話してんだか。何か飲み物取ってくるわ。あんた、っと、……美佳は何がいい?」
licaが初めて名前を呼んでくれた。
「じゃあ、今さっき飲んだ物でちょっと酔っちゃったからウーロン茶で」
「わかった。じゃ、ちょっと行って来るから待ってて」
彼女は少し歩いて、立ち止まった。そして背中を見せたまま私を肩越しに振り返る。
「あのさ」
licaは言い淀んで口をつぐんだが、目を伏せて決心したように口を開く。
「友達に、なってくれない?」
「え?」
「だから、友達」
「……」
「私さ、普通のことを普通に話せる人ってあまりいないんだよね。いつも周りは芸能関係者で、探り合いみたいな感じで話すことも限られてくるし。でも、美佳と話してたら自然体でいられる気がする。美佳は私を特別な目で見ないから」
licaは拗ねた子供のようにプックリとふくれた唇を突き出しながら話す。
確かに初対面からカズキ絡みで感情むき出しの態度を取られていたせいで、licaを前に舞い上がる感じではなかった。
でも、結局はそれがいい方向に向いた感じになったのかもしれない。
友達は多い方がいい。自然に笑顔になった。
「こんな私でよかったら、よろしく」
今まで渋い表情だったのに、私の返事を聞いてlicaは途端に笑顔になった。
「うん、私のほうこそ。よかった。じゃあ、飲み物取ってくるから、待ってて」
頷いて、背中を見送った。
すぐに、人ごみに紛れて見えなくなる。
友達かぁ。
思わず心の中で呟く。
なんだか『友達になりましょう』とかそういうことを言って友達になったのって本当久しぶりかもしれない。
licaと会話していて、幼い頃、幼稚園や小学校低学年ぐらいは気の合う子がいればストレートに『友達になろうよ』とか言ってたのを思い出した。
子供の頃は思ったことを素直に言葉で表現できていたのに、大人になるほどにそれはだんだん減っていく。
「あぁ、美佳さん。こんな所にいたんですね。カズキが探してましたよ」
ひとりになった途端声がかかった。
声がした右隣を見ると、アサトが微笑みながら立っていた。