22.カズキの親友
天井を飾る豪華なシャンデリア。
ビロードのような絨毯。
着飾った金髪碧眼の紳士に優雅に談笑する淑女。
一歩足を踏み入れた途端、まるで夢を見ているような別世界に来たようだった。
パーティ会場では、カズキと離れないように必死で彼の後ろについていった。
とにかく彼に挨拶をしにくる人が多い。さすがに名の知れたミュージシャンだけのことはある。
「すごいね。みんながカズキに顔見せに来るね」
「何言ってんだよ。みんな美佳を一目見ようと近づいてるんじゃん。気がつかない?」
「え?」
私はきょとんとして彼を見た。
「レーベル立ち上げの祝賀パーティなのに、話題は美佳のことで持ちきりだよ。今さっき来たアメリカ人は『今夜一晩美佳を貸せ』って言ってきたぜ。断ったけど」
「は?」
周りのことなんて気にする余裕なんてなかったけど、目を上げて周りを見回せば、バッチリ目が合う。ということはみんながこちらを見ているというわけで……。
私は緊張でこわばらせている顔でぎこちなく微笑みながらカズキに囁いた。
「ねぇ、こういう場合どうしたらいいの?」
「とりあえず笑っとけ」
「アハハ」
私は力なく笑うとさりげなくカズキの後ろに隠れた。
居心地が悪い。大勢の視線に晒されることも、悪意のない好奇のまなざしも。
「こら、隠れるんじゃないって。今日の美佳はとびきり綺麗なんだから」
突然カズキが耳元で囁いた。ビックリして彼を見ると熱っぽい目とかち合った。
「な、なんだか、今日はいつもと違うね。調子狂っちゃう」
「俺を狂わせているのは美佳、君の美しさだ」
「ど、ど、ど……」
どうして、そんな甘ったるいことが言えるのか。うろたえて言葉が出ない。
「……とか言って美佳をからかうのがおもしろい」
「もう!」
ドキドキしたり慌てたり。
今日は気持ちがめまぐるしく変わる。
長い間、変わらないこと、気持ちが平坦であることを強く望んでいたけれど、時には翻弄されてみることも悪くない。
カズキとなら。
思わず飛び出てきた気持ちに慌てて蓋をする。
私、何を考えているんだか……。
「カズキ、やっと見つけた!」
聞き慣れた声に振り向くと事務所の社長、鈴木さんが人だかりの向こうに見えた。
近づいてきて私に気がつくと表情を止める。
「美佳ちゃん?」
「どうも、こんばんは」
ゆったりと微笑んで挨拶をする。そんな私を見て鈴木さんはますます目を丸くした。
「驚いたなぁ。いつもと全然違うよ。どこの女優さんかと思った」
「恐れ入ります」
そこでまたニコリ。確かに普段とは全然違うかもしれない。
私自身、服やメイク、パーティという雰囲気で気分がいつもと違うことに気がついていた。
「社長、この方は?」
鈴木さんばかりに気をとられていて気がつかなかったけれど、社長の後ろにいた男性が私を見ながら言った。
身長は180cmは超えているだろうか?すらりとした、モデルといってもおかしくないスタイルを繊細にラメの入った黒いタキシードに包んでいる。そして、女性と見間違えそうな美しく小さな顔。
あれ、この人どこかで見たことある……。
「アサトも来てたのか?」
カズキが男性に声をかけた。
「アサト?」
「テレビで見たことあるだろ?『KIRIO』のヴォーカルのアサト君だよ。こちらはカズキのイトコで後藤美佳さん。……誰かが呼んでる。アサト君、悪いけどしばらくカズキ達と一緒にいてくれないかな?すぐに戻ってくるから」
鈴木さんは私とアサトを紹介した後、誰かに呼ばれてそちらの方に行ってしまった。
見たことあるはずだ。
彼は、超人気ビジュアル系ロックバンド『KIRIO』のヴォーカル、アサト。
見目麗しい容姿を売りにしているだけに姿が美しいのはもちろん、バンドの実力もなかなかで若い人たちを中心に人気があり、毎日のようにテレビでその姿を見かける。
売れに売れている人気は定着してきて不動のものになりつつあるようだ。
「へぇ……。カズキのイトコにこんな美しい人がいるなんて。よろしく」
私を上から下までみて品定めをした後、視線をしっかり合わせて艶やかに笑うアサトをみて、隙のない人だと思った。
「よろしく」
私もことさらはしゃいだりすることなく慎重に答えた。
「カズキ、アサトさんとお知り合いなの?」
「俺がデビューした頃からの友達だよ」
「付き合い長くて親友と呼べるのに、今まで美佳さんのこと話さなかったし、教えてくれなかったんですよ。どうしてかな?」
私に優しく話しかける。が、半分はあてつけのように聞こえた。あとの半分は私の知らないカズキを知っていると言わんばかりの言い方。
しかし、ぶしつけな言い方に反して、彼の外見と美しい容姿に色っぽい流し目。
普通の女性ならかなり舞い上がる状況だけど。
その視線の奥にあるものに私の存在の隅々まで観察されているようで、ドキドキするどころか不快感が増して微笑むことすらできなかった。
初対面のこの男性に少し挑発されている気がする。
「アサトに教えると紹介しろだとかいろいろうるさいからな」
「ひどいなぁ」
アサトは苦笑しながら、笑わない瞳で私を見る。
私は言葉での挑発には乗らずに、心の中をキュッと引き締めて強い瞳でアサトを見つめ返していた。