21.懐かしい
ドレスの色とデザインは結局美紀さんの意見に押されてしまった。
胸元と背中に深くVラインの切れ込みが入ったホルターネックのロングドレス。
首にはネックレスの代わりに同じ色の軽い生地のストールを緩く巻いて。
色は真紅。
赤い服は下手をすればデザインと色味で下品に見えるけれど、これはデザインのよさとボルドーに近い色味がうまく調和していて上品だ。
前上半身はたくさんのきらびやかなビーズとスワロフスキーが綺麗な模様を描き輝いている。そして、ウエストから裾まではオーロラのような緩やかなドレープが優雅なデザインだけど。
首の後ろで布を結んでいる感じの服は露出が多いので着たことがない。もちろん、紐が外れても大丈夫なようにしてあるんだけど、結び目解けたらとドキドキするし、前側も露出が多くて落ち着かないけど、背中は覆ってる布がない状態で。
実をいうと、私は、薄ピンクで清楚な感じのものが良かったのだけど、美紀さんに反対された。
『ダメよ、それは美佳さんには似合わないわ。着るなら絶対こっちね』
と、美紀さんはこの真紅のドレスを選んだのだ。
『えーっ! こんなデザインのドレス着たことありませんよ。それになんか露出度高くないですか?』
『美佳さんはこういうはっきりした色が似合うし、ネックレスやイヤリングが返って美しさの邪魔になるくらい肌や髪が綺麗なんだからもっと自信もって』
ここまではっきり言われると戸惑う反面、悪い気はしなかった。
今に思えば、上手くのせられたような気もする。
(カズキ、こんな格好見たらなんていうかな?)
ゆっくりと階段を下りていく。玄関先にいるカズキの後姿が見えた。
私の気配に気がついたのか、彼はくるりとこちらを振り向いた。
カズキは黒のタキシードを着ていた。細身のデザインが彼のスタイルのよさを際立たせてとてもよく似合っていて、見惚れてしまった。
しかし、私を見た彼の顔はすぐに驚きの表情へと変わる。
隣に来てもずっとその顔のままだ。
「お待たせ。……やっぱり変かな?」
私はカズキがあまりにビックリしているので自信がなくなった。
上目遣いで見上げると、カズキの目が泳いでいる。
そんなにおかしい格好をしているのだろうか? 思わず俯いた。
「い、いや、なんていうか……」
「やっぱり、こんな大人っぽいドレス似合わないよね」
「そうじゃなくて! ……あまりに綺麗で言葉が出ない」
綺麗?私が?
思わず顔を上げた。
吹き抜けの明かり取りの窓から夕日が差し込んでカズキを照らしている。
その光がいつも見ているはずの彼のほほえみをやわらかく彩った。
「とても綺麗だし、似合ってるよ」
「カズキ……」
夕日のせいで心なしか潤んだように見える彼の瞳から目が離せない。
とても懐かしい感じがした。何かに包まれているような感覚。遠い昔を思い出すような。
美しい夕焼けのせいだろうか。
ううん、本当はわかっている。それだけじゃない。
亡くなってしまった大好きな彼を想うときとは違う切なさ。
くすぐったいような、うれしいような、甘い痛みが心の奥を走る。
まるで、恋をしているように心がときめいている。
なんだろう、これ。
綺麗な服を着て褒められて、普段ありえない状況に酔っているのかな?
昨日から、私、変だ。
でも。
このままこうしていたい。
ふとそんな思いになった。
きっと私の瞳はその思いが溢れて潤んでいるだろう。
彼が目を細めて優しく笑った。
長い睫毛の陰が目じりに落ちる。
そのゆっくりとした動作はカズキにとってもこのひと時がこの上なく満たされていることを私に教えてくれた。
「このままこうしていたいけど、そろそろ行こうか?」
「うん」
私は小さく頷いた。
きっと今の私の顔も彼がくれた優しさに満たされているだろうと思いながら。