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20.変化

 ドレスや小物を選んでまた明日ということになり、美紀さんと別れた。

 一旦部屋に戻り、事の詳細をカズキに尋ねようとドアに手をかけたら通路で微かな話し声が聞こえた。

 音を立てないように少しだけ開ける。

「明日のパーティー、美佳さんに言っておいたから」

「え? 美紀さんが一緒じゃ……」

 美紀さんとカズキの声だった。

「バカね、私がそんな場所行くわけないでしょ? 同伴は仕事だけで充分よ。明日は私が彼女を一流の女性に仕立てるんだから、カズも気合い入れてめかしこんできなさいよ。それより……」

「何?」

「あなたたち、どうなっているの?」

「どうって……?」

「見たわよ。夜中にイチャついているの。誰も見ていないと思って。あの時間帯は私にとって夕方みたいなものだから」

「え?」

 昨日、アパートの玄関先で話しているのを見られたらしい。

「あなた達を見ているとじれったくてしょうがないのよね。高校生じゃないんだから、好きなら早く大人のお付き合いなさいよ」

 ギョッとして目を丸くする。

 大人の付き合いって……。美紀さん何言ってるんだか……。

「あのさ、好きならすぐ付き合えるとか、そういうんじゃないだろう? 時間のかかることだってあるさ。今は余計なことを言って美佳を混乱させたくないんだ」

(え……?)

 カズキは否定しない。

 今いるこの場所、この季節に何か大事なものを見落としているような気がして息を止めたまま佇んでいた。



 次の日。

 いつものように早朝ウォーキングを終えてアパートに帰ってきたら美紀さんが玄関先で待ち構えていた。

「おはよう美佳さん。朝ごはんを食べて一息ついたら私と一緒に来てくださる?」

「どこに行くんですか?」

「まずは全身マッサージとエステのコース。それから軽く昼食と休憩をとったあと衣装を合わせてフェイスメイクとヘアメイクよ。その後ここに帰ってきてカズキと一緒に会場へって事になると思うわ」

「なんか大掛かりですね」

 私はボソっと呟いたが、美紀さんはそれに耳を貸さずにカズキを見た。

「美佳さんに釣り合わない格好だったら承知しないんだから」

「了解」

 美紀さんとカズキはニッと微笑みあった。

「じゃあ、夕方にここで。それまでは美紀さんに綺麗にしてもらっておいで」

 私に向けられたカズキの顔は穏やかだった。

 どうやら怒涛の一日になるのを感じながら、私はコクンと頷いた。

 

 それから私は美紀さんと行動を共にして、都心へ行き彼女がいつも通っているエステサロンで時間をかけてマッサージやエステをしてもらった。

 どんなに疲れていても元気がなくても、マッサージやエステなどをしてもらえると気分が高揚してくる。この感覚は女性ならではのものかもしれない。

 その間、美紀さんがずっとそばについていてくれて、『美佳さんは肌が綺麗』だとか『この黒曜石のような美しい黒髪を結い上げたらどんな感じかしら?』だとか、とにかくこちらが気恥ずかしくて照れてしまうような言葉をずっと言ってくれた。

 私が『お世辞ならいいですので』と言うと

『あら、私は美佳さんの透き通るような肌も華奢で妖精みたいな体つきも艶のある長い黒髪も素敵だと思っているわ。お世辞なんていわないし、私は嘘は言わないの。本当に綺麗よ』

 と大マジメで返される始末だった。

 最初は身の置き場のないようなくすぐったさがあったが、次第に前向きな言葉にゆったりと余裕が出来て心地よく感じるようになってきた。

 それは魔法をかけられてような不思議な感じだった。

 私はどんな風に変わっていくんだろうか?

 例えそれが一夜の夢だとしても……。

 私は鏡に映った自分の顔を見つめながら未来の姿を想像してみた。



「さ、そろそろ時間ね。もうカズキが下で待っていると思うわ。美佳さんとても綺麗。パーティー、楽しんでいらっしゃい」

 私は全ての準備が済んだ後、『風来館』に戻ってきて時間まで美紀さんの部屋で雑談をしながら過ごした。

「はい……」

 私は少し不安げに美紀さんを見つめた。

「大丈夫。ドレスも似合っているわ。美佳さんは本当に美しい。パーティー会場の中でもあなたほど輝きを放つ人はいないと思うわ。

 そして、あなたは人生においても、ずっと陰を追い過去に閉じこもっているべき人ではないの。

 表舞台で、日の当たる場所で思い切り力強く生きていくべき人だし、それができる芯の強い人よ。

 今日はそれの出発点。きっと、他の人のいい反応を見たら、私の言っている意味がわかるはず。さ、区切りをつけるためにもパーティーへ行ってらっしゃい」

 美紀さんの目を改めて見つめた。

 引き返すことを許さない思いが見えた。でもそれは美紀さんの優しさだということがわかった。

 きっと私がここで行かないといえば、美紀さんは本気で悲しんで怒るだろう。

「はい」

 私は静かに頷いて立ち上がった。ドレスの裾を踏まないように両手で少し持ち上げ歩きはじめる。

「いってきます」

「いってらっしゃい、美佳さん。とても綺麗よ」

 背中で美紀さんの声を聞くと私は彼女の部屋を後にした。


「辛い過去を忘れず、まっすぐに生きていけるあなたは本当の意味で芯が強いのかもしれないわね。

 私が美佳さんだったら、身を切るような苦しさばかりなのにひとりの人に対してあれほどひたむきな思いを持って生きることができるかしら?」

 美紀さんの呟きを私は聞くことができなかった。

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