2.2月の公園
「ねぇ、美佳。思い切って長期休暇とって旅行にでも出てみたら」
「え?旅行」
「うん、そう。仕事が忙しいのもひと段落着いたしさぁ。思い切って」
「ん~・・・・」
お昼休み。
2月とは思えない陽だまりの暖かさの中で、私は同僚の裕子と近くの公園でお弁当を広げていた。
と言っても、お弁当なのは裕子だけ。
私は近くのコンビ二で買ってきたおにぎり1個とお茶。
裕子はあの日以来すっかり食の細くなってしまった私に付き合ってこうして毎日公園で一緒に食事をしてくれる。
みんなの輪に入っていくのは嫌じゃないけど微かに苦痛で。
心の時間が止まってしまったようで、なかなか上手く笑えないから。
それが辛くて1人でいたくて。
でも、1人だとここで食事もせずにボーッとしているだけなのを彼女はきっと見抜いている。
「みんな用事がある時に、美佳が進んで休日出勤引き受けてくれたの感謝してるとおもうのよね。だからさ、みんな文句言わないよ。有休も余ってるんでしょ? 」
「そりゃあ、余ってるけど・・・・」
私は九州に本拠地を構える中堅の食品メーカーに勤めている。
創業以来、九州各県で作られた特産物を加工、販売して地元に人たちに還元する今で言う『地産地消』のスタイルで地道に業績を伸ばしてきた。
が、2年前に東京に進出する話が持ち上がり、ついに今月の初めに東京にも店舗と営業所が無事オープンした。
その事前準備のために1年前からものすごく忙しかったのだ。
東京で売れそうなもの、食の好み、『九州』というスタイルを忘れずに提供していくこと。
予算面、新しい企画など。
本当に忙しくて、普段休日勤務がない部署まで休日勤務を余儀なくされた。
私も経理担当の部署だけど、今している仕事に平行して平日ではこなしきれなかった残務処理や新しい予算を組む関係で休日も働いていた。
休日は人手が常に足りなくて、下手すると営業まがいのことや配達までした。
それはそれで楽しかったけど。
過労働を防ぐ意味で祝祭日は経理部のみんなでローテーションを組んで勤務していたのだけど、休日はみんな何かと忙しく用事があるようでそんな時は私が代わっていた。
私にとっても好都合だった。休みの日はどうしても部屋の片隅でボーッとしてしまう。食事もせずにピクリとも動かず、ただボーッと。
だから、1人の部屋に帰っていくのが怖かった。働いているほうが無駄なことは考えず普通にいられるような気がしていた。
「旅行ねぇ・・・・考えてみるわ」
私はおにぎりを1口食べてつぶやいた。
裕子はあの日以来、抜け殻のようになった私を支えてくれた数少ない人だった。
彼の訃報を聞いて呆然としてる私に『無理しなくていいよ、私が何とかするから』と言ってくれたのは彼女だった。
1人になると何も出来なくなってしまうのを見抜いて仕事の終わった後や休日には頻繁に食事や温泉に誘ってくれたりもしたっけ。
私が休日勤務の時などは、裕子がデパ地下で買ってきたお惣菜を、私と、裕子と、裕子の彼氏と3人で食べるのが恒例の行事のようになっていた。
もちろん、そのあと2人はどこかに遊びに行くのだけど、本当は2人きりでいたいだろう裕子の彼氏に申し訳ないような気がしていた。
なぜ会社の同僚というだけの間柄なのに、そんなによくしてくれるのか、彼女に尋ねてみたことがあった。
『身近にいる仲のいい友達が辛そうなの見てらんないし。美佳、今にも倒れそうだから、目を離せないもん』
と冗談交じりの笑顔でかえしてきた。
献身的で優しい裕子には感謝してもしきれない。
そんな彼女が提案することだし、違った目から見れば、旅行にいけるぐらい回復してきているということなのでは、と私は少しうれしくなった。
でも、すぐに切なくなった。
好きだった彼のことを少しずつ忘れかけているのではないかと思ったから。
そっと目を伏せたら裕子の視線を感じてすぐに目を上げた。
「ほらぁ、また暗いこと考えてるでしょ? 美佳の考えてることすぐわかるんだから。ご飯もしっかり食べなきゃダメだよ。あっ、今日、美佳の分のおかずも作ってきたの忘れてた!」
裕子はお弁当袋の中から手のひらサイズの小さなタッパを取り出して蓋を開けた。
中には玉子焼きとウインナーとひとくちハンバーグ。
全ての食べ物が小さい。ひと目見ただけで、私のために作ってくれたのがわかった。少しでも栄養のあるものを口にできるように、と。
「私、料理好きじゃん? 美佳、お昼は毎日おにぎり1個とお茶だから、思い切ってチョチョイっと作ってみたの。ハンバーグは冷凍じゃなくて手作りだよ。食べられるだけでいいから食べてみてね。・・・あ~野菜がないねぇ。栄養バランス悪いかな?」
私は、眉をしかめてあちゃあ、という顔をしている裕子を見て、少し温かな気持ちになった。
「ありがとう、全部いただきます」
小さく頭を下げて玉子焼きをつまんだ。
本当はまだウインナーとか肉類などのこってりしたものは苦手だった。
でも、裕子の優しさに応えるため、そして何より自分のために全部食べようと決めた。
「おいしい」
「でしょ、でしょ!!」
小さめの出し巻き卵の美味しさに少し目を見開いた。
おおらかにうれしそうに裕子が笑う。私もつられて穏やかに微笑んだ。
時々とはいえ、こんな風に微笑めるようになったのもつい最近だった。
裕子には本当に感謝している。
彼女とは社会人になって出会った『同僚』だけど、今では何ものにも代えがたい『親友』だった。