19.提案
午前中の早い時間。
部屋のインターホンがなりドアを開けると見知らぬ女性が立っていた。
ゆるくまとめられた髪、印象的なスクエアタイプの黒ぶちメガネ。メンズもののパーカーにジーンズ。
「ちょっといいかしら?」
「え、美紀さん?!」
声を聞いて誰だかやっとわかった。
いつもゴージャスな雰囲気しか知らないので普段着の彼女は想像の及ばない所だった。
「失礼ね、普段から店に出るような格好をしているわけじゃないのよ」
美紀さんは笑いながら私のどうぞ、というジェスチャーに応じて部屋の中に入り、窓際に座った。
私はお茶の用意をするために台所に立つ。
「少しは元気になったかしら?」
少々の沈黙の後、背中から美紀さんの声が聞こえた。
いたわるとか気を遣うとかそういうものの微塵のない張りのある声。
まるで、真実だけを知りたくて、その先までまっすぐ見据えている強さ。
美紀さんらしいと思った。
彼女の美しさは、外見だけではない。前向きな気持ちや強さ、そういうものがあってのものだった。
「はい」
お茶をテーブルに置きながら一言だけ答える。
私とカズキの間にどういう事情で何があったかを『風来館』のみんなは知っている。
自分の弱さを思い、しっかり美紀さんの目を見ることができなかった。
「あなたがどんなに辛い体験をしたかはわかっているつもりよ。でもね、早くそれを乗り越えて元気になってほしいと思っているわ。これは私だけではなく、『風来館』のみんなも一緒。もちろん、カズも。それでね……」
私はようやく目を上げた。
美紀さんはいたづらを思いついた子供のような顔をしてこちらを見ていた。
「カズと一緒にパーティに出てほしいの」
「は?」
話の流れが突然変わって変な声を出してしまった。
「明日の夜にカズの事務所と外国の音楽事務所が共同して立ち上げたレーベルの記念祝賀パーティがあるそうよ。で、それは男女同伴じゃないといけないらしくてね。カズ、私を誘うんだもの。本当は美佳さんと行きたいくせに。私は仕事じゃあるまいし、同伴なんてイヤって断ったわよ」
「同伴……」
「私の職業の同伴っていうのはね、仕事の前にお得意様と食事をしてお店に一緒に行くことよ。仕事の後にという場合もあるけど。同伴するとお食事やお酒をごちそうしてもらえたりすることもあるかわりに何かとややこしい場合もあったり……、って、私の仕事の話は置いといて」
世の中いろんな同伴があるが、男女同伴のパーティなんて、よほど規模の大きな格式ばったものなのだろう。
「私、無理です。そんな大きなパーティ出たことないし、第一、服が……」
「カズの隣でニコニコしていれば大丈夫よ。服なら私が貸してあげるから心配しないで。綺麗な服を着ると元気になるわよ? ね?」
美紀さんは満面の笑みで身を乗り出した。
「私が美佳さんをいい女に仕立ててあげる」
「は、はぁ……」
美紀さんはやたらに乗り気で押されるように返事をしてしまった。
「じゃあ、決まりね。今から衣装を見に行きましょう」
「え、今から?」
「明日だもの。仕立てるにはそれなりに準備が必要よ」
促されて腰を上げた。
話がとんでもない方向に向かっている気がしたが、少しだけワクワクしているのも事実だった。