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18.梅の花

「どこ行くんだよ。こんな時間に」

「……飲むものないから、水を買いに」

 振り向いたカズキは目の縁をうっすら赤くさせて私を見ていた。

 なんだか、いつものカズキらしくなくてちょっと怖かった。

「俺も一緒に行くよ。こんな時間に1人でウロウロして何かあったらどうするんだよ」

 ユラリと立ち上がった感じでカズキはかなり酔っているのがわかって、私は一瞬身を固くして彼を上目遣いに見上げすぐに目を伏せた。

 カズキの動きが一瞬止まる。不機嫌になったのが顔を見なくてもわかった。

 私の心が強く過去にある限り、なぜかカズキを受け入れることができなかった。

 彼が外へ向けて歩き始めて、私はその後をついていった。

 

 行き道はお互い無言だった。

 私はカズキの隣に並べなくて、彼はそんな私にお構いなくズンズン進んでいく。速いペースについていくのが精一杯だった。

 コンビニの店内でも彼は憂さを晴らすかのように次々と食料を買い物カゴに入れていた。最後は、私が手にしていたペットボトルの水をひったくって自分の持っているカゴに入れ、その分の精算をすませると買い物袋を持ち店内を後にした。

 行きと同じように彼の後をついていく。

 真冬の夜更け、厳しさを増す寒さの中で1人ならともかく誰かいて気まずいまま無言でしかいられないことが辛かった。

 その原因が自分が招いたことでも……。

 

「あ……」

 突然カズキが立ち止まった。

 私は俯いていた顔を上げてカズキを見た後、その目線の先にあるものを見ると民家の庭先に梅の花が咲いていた。

 塀で仕切られて姿は全て見えないものの、街灯に浮かび上がった白い姿は小さいながらも可憐な姿を覗かせている。

 そうか。

 私が嘆こうと悲しもうと時間は回り続けて、厳しい寒さの中にも花が咲く。

 もうそんな季節だった。

 流れる季節や時間の非情さを恨みたくなる時もあるけど、それは私の中に生命の鮮やかな息吹を運んでくることもある。

 それは思いがけないほど、唐突なほど、繊細で優しくて。

 小さな花が愛しくて思わず目を細めた。

 ふと目を落とすと、カズキがこちらを振り返って私の様子を見ている。

 ちょっとの間見つめあう。

 視線というのは不思議で、言葉ではわからないいろんな感情や思いを伝え合って、言葉や態度以外の何かを心できちんと受け止めていて。

 わだかまりがすぅっと解けていく。

 私は引き寄せられるようにゆっくりとカズキの隣に歩いていった。


「ちゃんと食べてるのか?」

「うん」

「嘘つくな。そんなに顔色悪くして、食べてるなんて言わせない」

 行きも買い物中もずっと無言だった私たちだが、ここに来てようやく会話できるようになった。

「2日間何してたの?」

「部屋にいて青い空とか瞬く星とかをずっと見てた」

「そっか」

 『風来館』の玄関前に到着して中に入ろうとしたらカズキが足を止めた。

「あのさ、美佳は俺の歌好きだろ?」

「え、うん」

 私も足を止めてカズキを振り返った。

「俺、もっといい歌たくさん作るから、元気になってくれないか?」

「カズキ……」

「もし自分のために無理なら、今は俺の歌にけて元気になってほしい。あと、どんなことでも聞くから美佳のこともっといろいろ話して」

 そういえば、私自身のこと、特に東京に来るきっかけになった出来事は詳しく話してないことに気がついた。そんな中途半端な接し方でカズキを頼ろうとしている自分がいた。

 もっとわかってもらえるように話そう。そして、その上でカズキのために元気になる。少し他力本願のような気がしたが、それは悪くない考えのような気がした。

「ん、わかった。もっとちゃんと話すし、カズキのために元気になるように努力するから。心配かけてごめんなさい」

「じゃ、握手!」

「へ?」

 頭を下げた後カズキを見たら満面の笑みで手を差し出していた。少年のような笑顔につられて私も微笑んでその手を握る。

「カズキ、かなり酔ってるね」

「そんなことないさ。さて、問題は落ち着いたことだしメシ食べるか。っていってもコンビニ弁当とかだけどな」

「えっ、お腹空いてないし」

 といっているそばから、食べ物を意識したせいかお腹が激しい音を立てて鳴った。

「身体は正直だねー」

 カズキが今にも噴き出しそうな様子で言った。

「もー何よ」

 カズキはふくれっ面した私の顔をみてこらえきれないように笑った。

 小さな日常を運びながら初春の夜は更けていく。


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