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11.おたがいさま

「あの、初めまして。私、後藤美佳といいます」

 私はカズキにペコリと頭を下げた。

 昨晩から顔をあわせているが、多分、今が正式な自己紹介だろう。

 カズキはそんな私をみてクスッと笑った。

「知ってるよ。九州に住んでて年齢は25歳だろ? 俺は佐原一樹。……って知ってるか。まぁ、よろしく」

 私とカズキはこの建物の1階部分にある広間のような場所に来ていた。

 暖房をつけたばかりでまだ部屋はしんしんと冷えていた。寒くて歯がかみ合わない。

 今まで見た限り、建物は防犯カメラがあったり、セキュリティもしっかりしているようだった。その上、1階は門扉と繋がった壁があり、外から容易には見えなく、そして簡単に乗り越えられそうにない造りになっていた。

 外観はレンガ造りでなかなかオシャレだ。


 そして、今いるこの広間はあまり広くはないけど、壁際にコンロと流し台と食器棚が小さいなりにあって、電気ポット、炊飯器、レンジなどの電化製品も揃っていた。あとは大きめのテーブルが2脚と長方形の長い面に椅子が3脚ずつ均等に置かれていた。それから、通路側の隅にベージュのソファー。

「私のほうこそよろしくお願いします。……で、昨日は随分ご迷惑かけたみたいですいません」

「あぁ、気にするなよ」

 カズキは前奥の隅にある食器棚から急須と茶筒を取り出してお茶の用意を始めた。

 身体によく馴染んだ黒いVネックのセーターとジーンズというシンプルな格好は彼のスタイルのよさを一層際立たせていた。あまりジロジロみているのも気恥ずかしいので、無理やり視線を引き剥がす。

 何も出来ないし、寒くて動けないでいるばかりだったけど、それでも落ち着いて少し冷静になってきた。

「ここは……?」

「ここは俺の住んでいるアパート。『風来館』っていうんだ。管理人は俺の親戚の伯母さん。

 昨日、気絶した君をここへ運んで一晩は今さっきまでいた美紀さんの部屋にってことになったんだ。そして、今いるこの場所が『風来館』の広間兼食堂。

 部屋にはもちろんキッチンはついているけど、みんなよくここにいることが多い。月1回は必ずみんなでカレーパーティを開くのが恒例行事。こんなところかな?」

カズキは慣れた手つきで急須に茶葉を入れて熱いお湯を注ぐ。そして葉が開いて美味しいお茶が出るのを待つあいだに湯のみを用意し始めた。

「カレーパーティ??」

「そう。ここにみんなで集まってカレー作ってみんなで食べる。それだけなんだけど。あと、メンバーは順不同だけど、みんなよくここで誰かとつるんで酒飲んでるかな?話し相手には不自由しないよ」

 彼は急須と湯のみをお盆に載せながら、その様子を思い出しているのか、楽しそうに微笑んでいた。そして、それを運んで私の隣に座る。

 有名人に限らず男性にお茶を用意してもらうのは不思議な気分だった。働いていて、どちらかといえば、頻繁にお茶を用意する立場にあるせいかもしれないけど。

 頃合いをみてカズキはお茶を淹れる。急須から少し濃い目の緑茶が出てきて白磁の湯のみの中に注がれていった。

「どうぞ。俺は濃い目が好きで、渋かったら申し訳ないけど」

「あ、ありがとうございます。いただきます」

 勧められたお茶を一口飲んでみた。濃いけど豊かな味が広がっていき身体だけでなく心まで温かくなりそうだ。

「おいしい」

 湯気と味わいに目を細めてもう一口飲んでみる。やっぱりおいしい。

 とてもおいしいお茶。シンプルでさりげないけれど、芯から温まりそうだった。

 何気にカズキのほうをみるとバッチリ目が合った。穏やかに微笑んでこちらを見ていて、私の様子を見届けてから自分も1口お茶を飲む。

 広間に入った時につけた暖房が部屋を温めて、私はようやく肩の力を抜くことができた。食が細くなってから寒さにめっきり弱くなってしまった。

「ところで、東京で泊まるホテル決まってるの?」

 くつろいでいたが、私はカズキの問いに思わず動きを止めた。すっかり忘れていたが、今日は泊まる宿がない。

「いえ、まだです。今から探します。すっかり忘れてました」

「淑子さんが、管理人してる俺の伯母さんが、もし、宿が決まってないなら空いてる部屋使っていいってさ。どれくらいの期間東京にいるの?」

「えっ、特には決めてないけど、……かなり長い期間いるつもりです」

 本当は3週間と期間は決まっていたけど言えなかった。

 会ったばかりなのに、別れたり離れたりすることは考えたくなかったから。

「そっか。長くいるんだったら、ここにいても支障はないよな」

 微笑むカズキに私は戸惑い気味だった。そこまで甘えてもいいのだろうか?

「ありがたい申し出だけど、お金とかどうすれば……」

「んー、金銭面の詳しいことは淑子さんに聞いてみないと何とも言えないな。とりあえずはここにいるってことで大丈夫?」

「いいのかな?」

 私はひとりごとのように呟いた。

「淑子さんがいいって言ってるんだからいいんだよ。みんなも若い女の子来たって喜んでるし、大丈夫」

 カズキは私を安心させるためだろうか? 「大丈夫」を頷きながらことさら丁寧にゆっくり言った。そして言葉を続ける。

「それに俺もここにいてくれた方がありがたい」

 私はカズキの言葉に思わず彼をみて首をかしげた。どうして?

「君が東京にいる間、俺がいろんなとこ案内するよ。

 慣れて嫌なら別行動でもいいし。それまでは、時たま俺も事務所とかに顔見せに行かないといけないけど、俺と一緒なら自由に出入りできると思うし。そばにいれば、思い立った時にどこにでもパッといけるし。

 空き部屋は2ヶ月ぐらい前に引っ越していった人がいらないって、家具、家電ほとんど置いていったんだよな。布団はさすがにないけど、俺の1回ぐらいしか使ってない客用の布団貸すし。今日からでもすぐに生活できるから。なんかラッキーだよな」

 私は早口でしゃべるカズキを目を丸くしてみていた。

 なんだってムキになったように話すのだろうと思っていたが、頬がうっすら赤くなっていた。


 ひょっとしてどう接していいかわからない?

 

 カズキにとって私は初対面なのだ。

 ミュージシャンで何千人もの前で歌うことには慣れているが、こういうパターンはあまりないのかもしれない。初対面の女性に東京案内の提案をするとか、お世話するとか。

 

 お世話……。

 

 カズキのそれは本当にこの言葉がしっくりくるような気の遣いようだった。

 なぜ初対面の私にここまでよくしてくれるのだろうか?

「どうしてそんなに親切なんですか?」

 疑っているわけでない。不思議なのだ。そんな思いで彼を見た。


「君は俺を見つけに東京に来た。

 運良く出会えて一緒にここまで来て、それも何かの縁だよな。そして、君は心に深い傷を負っている。

 俺の歌で少しマシになったとはいえ、せっかく東京まで来たのに、そんな傷を抱えたままここでの時間を過ごすなんてそれは忍びないと思う。俺がそばにいて気がまぎれるとは限らないけど。決して同情しているわけじゃない。

 人の死でなくても心にとても深い傷を負うことはだれにでも可能性としてあるわけで。それだったら、辛い時はお互い様じゃないかと思ってね。俺だっていつか1人で立ち直れないほど深い傷を負ったときは誰かに支えてもらうこともあるかもしれない。お互い様だよ」


「そっか、……ありがとう」

 私は何も言えず、彼の優しさに頷いた。

 彼のどの歌にもにじみ出る優しさ。それは彼が人間的に優しいからだろうと実感した。

「って、淑子さんに諭された部分もあるけどなー」

 タハハ、と笑いながら照れたように視線をそらす。

「でも、それを実行しようと決めたのはカズキだから」

 私は穏やかに微笑んだ。

 彼も私の様子を見てほっとしたように笑う。 

「じゃあ、淑子さんの所に挨拶しに行こう。それがすんだら食事に行こう。こじんまりとしてるけどおいしくていいお店知ってるから」

 その笑顔はまるで曇り空からさす太陽のように明るく私の心を照らした


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