1.十六夜~いざよい~
暗い部屋でじっとテレビを見ていた。
私の好きなミュージシャンが歌っている。いつものプロモーションDVD。
その切ない歌を聴いていると自然と涙が出るのは毎晩のこと。
私の悲しみは堂々巡りで終わりがない
1年前、淡い恋心を抱いていた職場の先輩が亡くなった。
私たちはやっとお互いの思いに気がついて、さぁ、これからという矢先の出来事だった。
くも膜下出血であまりにあっけなかった。亡くなる前日まで元気に働いていたのに。
突然の訃報を聞いたのは亡くなった当日。職場でだった。
急なことで現実感が着いていかず、でも悲しみだけはじわじわ押し寄せてきて、私は表情なく大粒の涙を零していたらしい。
『らしい』というのは私はその時のことがほとんど記憶になくて後に同僚からきいたことだから。
ショックでその日は仕事が手につかず、次の日から日中仕事はなんとかこなしていたが、帰宅してから動けない日々が続いた。
彼と私の経緯を知っている職場の仲の良い同僚が、見えないところであまりに憔悴しきっている私を見て『無理しなくていいよ、私が何とかするから』と言ってくれたので結局お通夜にも葬式にも出席しなかった。そのかわり家でずっと泣きながら眠っていた。
心の奥底ではみとめたくなかったのかもしれない。彼のいなくなった事実を。この世界を。
でも認めたくても現実は変わらない。
彼はもういない。
そんな悲しみにくれている日々に出会ったのが、カズキの歌だった。
佐原一樹。奥深い歌を歌うミュージシャン。他の歌手にも楽曲を提供したり、映画にも主役に抜擢されてその多才ぶりを発揮している人。A型で27歳。ファンからはカズやカズキと呼ばれている。
私が彼に関して知りうる情報はそれぐらいだった。
よく知っているのは曲と、あと声の艶やかさと深さぐらい。
それまでも名前ぐらいは知っていたのだけれど佐原一樹という人に全く興味がなかった。
そんなある日の夜たまたまつけたテレビにカズキが出演していた。
多分、新曲か何かを出した直後だったのかもしれない。
せつないメロディに心が打たれた。
久しぶりに何かに関心を持った気がするのを覚えている。
そして、最後のフレーズに私は声を上げて泣いてしまった。
あの日以来 オレは
何かを失ってしまった
何かが欠けてしまった
あの十六夜の月のように
彼の訃報を聞いた日は悲しいぐらい十六夜の月が綺麗な夜だった。
泣いてはしまったけれど、カズキのあの歌を聴いたあの夜から少しずつではあるけれど普通に生活できるようになった。
ほんの少しだけ生きる気力が湧いてきた。