7 疑惑と決意
「まずはティナたちに相談しよう。この氷を調べてもらえば、何か分かるかもしれない」
アキトの提案で、三人は急いでヴァルクライン連邦へ向かおうとした。
その時だった。
「あの...失礼いたします」
低く、しかし温厚そうな男性の声が響いた。振り返ると、昨日ロゼが最後に目撃された時刻の少し前に村に到着したという旅人の男性が立っていた。
筋肉質な体格で年齢は三十代後半、大きな荷物袋を背負っている。
「俺、実は...この村で仕事を探してまして。孤児院を運営してるもので、日銭稼ぎが必要なんです」
タケンドルは丁寧に頭を下げた。
「それで、ギルド“鉄の絆”の皆さんにお願いがあるんですが...」
「今はそれどころじゃないのよ!子供が行方不明になってるの!」
リーネが苛立ちを露わにした。
「あ、すみません...実は、俺も昨日の夕方、可愛い女の子を見かけたんです。短い髪の、紺色のワンピースを着た...」
タケンドルの言葉に、全員の視線が集中した。
「ロゼを見たのー!?」
エリーゼが勢い込んで聞いた。
「ええ、道で会って少し話をしました。とても愛らしいお嬢ちゃんでした」
タケンドルの目が、なぜか少し潤んでいるように見えた。
「どこで?いつ?」
「夕方の6時頃でしょうか。村の小道で。俺が声をかけて、少し心配だったので安全に気をつけるよう言ったんですが...」
「それで?その後ロゼはどうしたの?」
アキトが詰め寄った。
「俺はその場を離れたので...でも、もしかしてあのお嬢ちゃんが...」
タケンドルの表情が暗くなった。
「あなた、名前は?」
「タケンドル・マイルズです。片田舎で小さな孤児院をやってます」
その時、村人の一人が口を挟んだ。
「そういえば、昨日から知らない人が村をうろついてるって話が...」
「え?」
「子供たちをじっと見てる怪しい男がいるって...」
村人たちの視線が、一斉にタケンドルに向いた。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺は何も...」
タケンドルが慌てて手を振る。
「でも、ロゼちゃんと最後に話したのはあなたなのよね?」
リーネが鋭い目つきで見つめた。
「そ、それは確かにそうですが...俺は孤児院の子供たちを愛してるだけで...」
「愛してる?」
エリーゼが眉をひそめた。その言葉の選び方に、何か違和感を覚える。
「いえ、その...子供たちの成長を見守るのが好きで...純粋で無垢な姿がね...」
タケンドルの説明が、かえって疑惑を深めていく。
「あの...俺の孤児院の子供たちも、実は全員行方不明になってしまって...それで各地を回って探してるんです」
「子供たちが全員?」
アキトが驚いた。
「はい...一人残らず、忽然と姿を消してしまって...俺は...俺はどうしていいか分からなくて...」
タケンドルの声が震えていた。しかし、村人たちの疑いの目は変わらない。
「でも変じゃない?あなたが来た直後にロゼちゃんが消えるなんて」
「そうよ!怪しすぎる!」
村人たちの声が高まっていく。
「待ってください!俺は本当に何も...」
タケンドルが必死に弁解しようとした時、エリーゼが立ち上がった。
「私が囮になる」
「えー?」
「犯人がまだこの辺りにいるなら、私が囮になって誘い出すの。きっと子供を狙ってくるはずだもん」
「エリーゼ、危険すぎる」
アキトが制止しようとしたが、エリーゼの決意は固かった。
「ロゼを助けたいのー。それに、私たちがついてれば大丈夫でしょ?」
「でも...」
「お願いっ。私にやらせて」
エリーゼの瞳に、強い意志が宿っていた。
「分かった。でも、俺たちが必ず近くにいる」
アキトが頷いた。
作戦が決まった時、タケンドルが小さく呟いた。
「気をつけてください...子供たちの無垢な笑顔を...奪われないように...」
その言葉に、再び全員の視線が集まった。言葉の選び方が、どこか不自然だった。
ーーーーー
夕方になり、エリーゼは一人で村の外れを歩いていた。しかし、実際にはアキトとリーネが離れた場所から見守っている。
「犯人よー、出てきなさーい...」
エリーゼが呟いた時、茂みの陰からタケンドルの姿がちらりと見えた。
彼は何かをじっと見つめていた。その視線の先には、エリーゼがいる。
「やっぱり...」
アキトが歯噛みした。タケンドルが犯人である可能性が高まっていく。
しかし、その時、全く別の方向から冷たい気配が立ち上がった。
「この感じ...」
リーネが身構えた。
空気が急激に冷たくなり、エリーゼの周りに氷の結晶が舞い始める。
「今よ!」
エリーゼが叫んだと同時に、彼女の手に大きなガントレットが現れた。肘から拳先まで覆う巨大な篭手で、彼女の拳の三倍近いボリュームがある。肘と掌にはバーニアが付いており、蒸気のような光を放っていた。
「ソウルフォージ!」
しかし、相手の姿は見えない。ただ、氷の攻撃だけが降り注いでくる。
「どこにいるのー!?」
エリーゼがガントレットで氷の刃を砕きながら叫んだ。
その時、茂みの中からタケンドルが駆け出してきた。
「危ない!お嬢ちゃん、逃げるんだ!」
彼の声は本気で心配しているように聞こえた。
しかし、アキトとリーネには、それが演技に見えた。
「タケンドル!やっぱりお前が...」
アキトが白銀の剣を構えて飛び出した瞬間、更に強力な氷の攻撃がエリーゼを襲った。
犯人の正体は依然として謎のまま、戦いが始まろうとしていた。氷の結晶が夕暮れの空に舞い散り、緊迫した空気が村を包み込んでいく。
エリーゼのガントレットが光を放ち、アキトの白銀の剣が輝く中、真の敵はまだその正体を現していなかった。
しかし、確実に言えることは、この戦いが終わった時、すべての真実が明らかになるということだった。
村の平穏を取り戻すため、そしてロゼを救うため、彼らの戦いが今、始まる。




