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6 消えた少女

 村の小道を一人歩くロゼの足取りは軽やかだった。今日一日の楽しかった出来事を思い返し、小さく鼻歌を歌っている。


「♪ お花畑で遊びましょう、みんなでお話し楽しいなぁ ♪」


 自分で作った歌を歌いながら、家路を急ぐ。あと少しで家に着く。お母さんに今日の楽しかった話をたくさんしよう。そんなことを考えていた時だった。


 背後から、ひやりとした冷気が漂ってきた。


「あれ?」


 ロゼが振り返る。しかし、そこには誰もいない。ただ、なぜか空気が冷たくなったような気がした。


「気のせいかな?」


 再び歩き始めようとした時、今度ははっきりと気配を感じた。誰かが自分を見ている。そんな感覚。


「誰かいるの?」


 ロゼの声は小さく震えていた。辺りは薄暗くなり始め、夕暮れの影が長く伸びている。


 その時、道の向こうから一人の男性が現れた。筋肉質な体格で年齢は三十代後半、作業着のような服装をしている。手には大きな荷物袋を背負い、旅人のような風貌だった。


「おや、こんな時間に一人かい?危ないじゃないか」


 男性が心配そうに声をかけた。しかし、その視線がロゼの顔から足元まで、ゆっくりと舐め回すように動いているのが不自然だった。


「あ、あの...」


 ロゼは戸惑った。知らない大人に声をかけられ、どう返事していいか分からない。


「家はまだ遠いのかな?暗くなると...子供一人では心配だよ」


 男が優しく言いながら、じっとロゼの表情を見つめている。その目つきには、何か異様な熱を帯びたものがあった。


「何か重い荷物でも持ってるのかい?おじさんが持ってあげようか?」


 そう言いながら、男の視線は再びロゼの小さな体を上から下まで舐め回すように見つめた。まるで品定めをするかのように。


「だ、大丈夫です。もうすぐ着くので...」


 ロゼは本能的に違和感を覚え、後ずさりしようとした。


「そうか...もうすぐか。でも、本当に可愛らしいお嬢ちゃんだねえ。まるで天使のようだ」


 男が一歩近づきながら、舌で唇を舐めるような仕草を見せた。その瞬間、彼の荷物袋から何かがチラリと見えた。青い光を放つ、小さな物体。


「その髪、とても綺麗だね。触らせてもらってもいいかな?」


 男が手を伸ばそうとする。


「あの、私、急いでるので...」


 ロゼが慌てて後ずさる。


「ああ、そうだな。それじゃあ俺はこの辺で」


 男が立ち去ろうとした時、振り返ってにっこりと笑った。しかし、その笑顔の奥で瞳が異様に光っている。


「お嬢ちゃんは可愛いからさ、変な人に誘拐されないよう気をつけるんだよ。知らない人にはついて行っちゃダメだからな」


 その言葉を残して、男は夕暮れの道を歩いて行った。しかし、何度も振り返ってロゼの方を見ている。


 ロゼは一人になり、ほっと息をついた。しかし、安心したのも束の間だった。


 突然、背後から冷たい気配が立ち上った。


「あれ...?」


 ロゼが振り返るが、そこには誰もいない。しかし、空気が急激に冷たくなっていく。


「おかしいな...」


 ロゼが再び歩き始めようとした瞬間、足元から氷の結晶が這い上がってきた。見えない何者かによって。


「きゃあ!」


 ロゼが悲鳴を上げたが、氷はあっという間に彼女の体を包み込んでいく。動くことも、声を出すこともできなくなった。


 やがてロゼの姿は完全に消え、後には地面に散らばった氷の結晶だけが残された。


 それは冷たく、美しく、そして何より残酷な光景だった。


ーーーーー


「ロゼが帰ってこない...」


 翌朝、村は騒然としていた。ロゼの母親が村の広場で泣きながら訴えている。


「昨日の夕方から帰ってこないんです。あの子はいつも時間を守る子なのに...」


 村人たちが心配そうに集まってくる。ロゼは村でも評判の良い子で、誰からも愛されていた。


「みんなで手分けして探しましょう」


 村長が提案し、村人たちは一斉に捜索を始めた。しかし、どこを探してもロゼの姿は見つからない。


 そんな中、エリーゼたちも駆けつけていた。


「そんなー...ロゼが...」


 エリーゼの顔が青ざめる。昨日あんなに楽しそうに笑っていた少女が、忽然と姿を消してしまった。


「必ず見つけよう」


 アキトが決然と言った。タケルを救えなかった後悔が彼の胸を締め付けている。今度こそ、守らなければならない。


「あの...」


 その時、一人の村人が震え声で言った。


「ロゼちゃんが最後に目撃された場所を見てもらえませんか...?」


 村人に案内されて向かった小道で、彼らは奇妙なものを発見した。


 地面に散らばる、無数の氷の結晶。それらは朝日を受けてキラキラと輝いているが、明らかに自然のものではなかった。


「この氷...まさか」


 リーネが呟く。彼女の脳裏に、タケルの青い魔核の記憶がよみがえった。


「虚核...」


 アキトも同じことを考えていた。人工虚核を使う者が、またもや現れたのだろうか。


「ロゼを...ロゼを助けなくちゃー」


 エリーゼの拳が震えていた。可愛がっていた少女が危険にさらされている。その事実が、彼女の心を激しく揺さぶった。


 しかし、犯人の手がかりは氷の結晶だけ。それだけでは、どこに向かえばいいのか分からない。


「まずはティナたちに相談しよう。この氷を調べてもらえば、何か分かるかもしれない」


 アキトの提案で、三人は急いでヴァルクライン連邦へ向かおうとした。


 ロゼの無事を祈りながら...


 村の小道に残された氷の結晶は、太陽の光を受けて少しずつ溶けていき、やがて跡形もなく消えてしまった。


 しかし、ロゼを奪った者の影は、確実に彼らの前に迫っていた。

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