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誘惑の声

 アキトたちが街を出た後、俺は一人工房に残っていた。


 折れた剣の破片を手に取り、何度も眺めている。四十年の魂を込めた作品が、一瞬で砕け散った。


「俺の技術は...所詮この程度だったのか」


 完璧を追求し続けてきた。どんな刃よりも鋭く、どんな刃よりも美しく、どんな刃よりも強く。


 しかし、あの魔物の前では何の意味もなかった。


 俺の剣は折れ、俺の誇りは砕かれた。


 工房の中で、俺は深い絶望に沈んでいた。


ーーーーー


 その時、工房の扉がノックされた。


「どなたですか?」


 俺が声をかけると、落ち着いた女性の声が返ってきた。


「お疲れのところ申し訳ありません。少しお話がしたくて参りました」


 俺は重い腰を上げて扉を開ける。


 そこには深いフードを被った人物が立っていた。顔は影に隠れてよく見えないが、上品で知的な雰囲気を感じさせる女性のようだ。


「私は旅の研究者です。先ほどの戦いを拝見させていただきました」


「戦い...」


 俺の表情が曇る。


「見事な剣技でした。あれほどの技術を持つ職人は、そうはおりますまい」


「見事?」


 俺は苦笑いする。


「俺の剣は折れました。完膚なきまでに敗北したんです」


「それは魔核が悪かったのですよ」


 フードの女性が静かに言う。


ーーーーー


「魔核が...悪かった?」


「そうです。あなたの技術に、魔核の方が追いついていなかった」


 その言葉に、俺は複雑な気持ちになった。


「何が言いたいんですか?」


「もし、あなたがもっと優れた素材を手にしていたら...あの魔物にも勝てたはずです」


 フードの人物が懐から何かを取り出す。


 それは、紫色に光る小さな石だった。


「これは...」


「虚核です。あの魔物が使っていたものと同じもの」


 俺の心臓が高鳴る。あの圧倒的な力の源泉。


「なぜ、これを俺に?」


「あなたなら、この力を最高に引き出せると思ったからです」


 フードの人物が眉間に指を当てて考えるような仕草を見せた。


ーーーーー


「この虚核で、最高の武器を作ることができる」


 フードの人物が続ける。


「今まで追い求めてきた完璧な武器。それを実現する力がここにあります」


「でも、虚核は危険な代物では?」


「確かに扱いを間違えれば危険です。しかし、あなたほどの技術者なら大丈夫でしょう」


 俺は虚核を見つめる。小さな石の中に、あの魔物と同じ力が宿っている。


「この力があれば...」


「そうです。誰も作ったことのない、究極の武器を作ることができる」


 フードの女性の声には、不思議な説得力があった。


「代価は何だ?」


「代価?」


「ただで、こんなものをくれるとは思えん」


 俺が警戒すると、フードの女性は小さく笑った。


「賢明ですね。確かに、条件があります」


ーーーーー


「条件とは?」


「完成した武器と...あなた自身の戦闘力を私にお貸しいただきたいのです」


「俺の戦闘力?」


「ええ。最高の武器には、それを扱える最高の使い手が必要です」


 フードの女性が眉間に指を当てて考えるような仕草を見せた。


ーーーーー


 だが、俺の迷いは長くは続かなかった。


 折れた剣の破片が目に入る。四十年の努力が一瞬で無に帰した屈辱。


「わかった」


 俺は虚核に手を伸ばした。


「受けよう」


「賢明な判断です」


 フードの人物が満足そうに頷く。


 俺が虚核を手に取った瞬間、不思議な感覚に包まれた。まるで体の中に新たな力が流れ込んでくるような。


「これが...虚核の力」


「素晴らしいでしょう?この力で、あなたの技術は新たな次元に到達する」


 フードの人物が立ち上がる。


「では、私はこれで失礼いたします。完成を楽しみにしております」


「待ってください」


 俺が呼び止める。


「お名前をお聞きしていませんでした」


 フードの女性が振り返る。影に隠れた顔は相変わらず見えない。


「名前ですか...そうですね、セレスティアとでも呼んでください」


 その名前を聞いた瞬間、俺は妙な感覚を覚えた。どこかで聞いたような...


 しかし、考える間もなく、フードの女性は夜の闇に消えていった。


ーーーーー


 俺は一人、工房に残された。


 手の中の虚核が、紫色の光を放っている。この小さな石に、あの魔物と同じ力が宿っている。


「最高の武器を...」


 俺は早速、実験の準備を始めた。まずは小さく。虚核の力に少しずつ形を与えていく、どのような変化が起きるかを観察する。


 作業を続けながら、俺はフードの人物のことを考えていた。


 セレスティア。どこかで聞いたような気がするが、思い出せない。


 まあ、いいだろう。今は武器の完成に集中すべきだ。


 俺は虚核を見つめながら、新たな可能性に胸を躍らせていた。


 しかし、俺はまだ知らなかった。この虚核が、やがて俺自身を破滅に導くことになるとは。


 夜が更けていく中、俺の運命は静かに、しかし確実に暗い方向へと向かっていた。

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