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虚核の脅威

 鉱石商人を訪ねる途中、街の中央広場で異変が起きた。


 突然、地面に黒い魔法陣が浮かび上がり、紫の光が天に向かって立ち上る。民衆が悲鳴を上げて逃げ惑う中、光の中から巨大な影がゆっくりと現れた。


 全身を漆黒の鎧に包んだ人型の魔物。二メートルを超える巨体に、血のように赤い眼光。右手には鋸のような刃を持つ大剣、胸の中央には脈動する紫の虚核が埋め込まれている。


 魔物が一歩踏み出すだけで、石畳にひび割れが走った。


「人工虚核の魔物か!」


 アキトが身構える。


「皆さん、避難を!」


 俺は腰の剣を抜き放った。この魔物、只者ではない。ちょうどよい。試し斬りといこうか…


「ダグマール、危険よ!」


 リーネが叫ぶが、俺はすでに地面を蹴っていた。


ーーーーー


 魔物の大剣が唸りを上げて俺の頭上に振り下ろされる。風を切り裂く音が響く中、俺は体をひねって紙一重でかわした。


 ドガァン!


 魔物の剣が石畳を砕き、破片が宙を舞う。


 だが、この隙を俺は見逃さない。


「はぁっ!」


 俺は踏み込みながら剣を抜き放つ。ソウルフォージのデキを確かめるために磨き上げた剣技の奥義。空気を切り裂く音と共に、俺の刃が魔物の左脇腹を捉えた。


 ガキィィィン!


 火花が散り、魔物の黒い鎧に深い傷が刻まれる。亀裂が蜘蛛の巣のように広がった。


「どうだ!」


 俺は間髪入れずに連撃を繰り出す。上段、中段、下段、魔物の全身を狙い撃つ流水の如き剣舞。


 ガキン!ガキン!ガキン!


 次々と剣撃が炸裂し、魔物の鎧と大剣に無数の傷とヒビが刻まれていく。


 魔物が苦痛に身悶え、野獣のような咆哮を上げた。


「グオオオオォォォ!」


 怒りと痛みに満ちた雄叫び。その声は広場全体に響き渡る。


 しかし、次の瞬間、信じられない光景が展開された。


 魔物の胸の虚核が、まるで心臓のように激しく脈動し始める。ズクン、ズクン、と不気味な音を立てながら。


 そして、魔物の怒りと苦痛が、まるで吸い込まれるように虚核へと流れ込んでいく。紫の光がより一層強くなり、魔物の全身を包み込んだ。


 バキバキバキ...


 時間を巻き戻すかのように、俺が刻んだ傷が消えていく。ヒビが埋まり、欠けが修復され、鎧と剣が完全に元の状態に戻った。


 そして何より恐ろしいことに、魔物の表情が完全に変わった。


 さっきまでの咆哮が嘘のように、今は死人のように無表情。感情という感情が消え失せ、赤い瞳は虚ろに俺を見つめている。


「何だ...これは...」


 俺が戦慄している間に、魔物は静かに大剣を構え直した。


ーーーーー


 次の攻撃は、先ほどまでとは別次元だった。


 魔物が一歩踏み出した瞬間、石畳が砕け散る。その速度はまるで稲妻のようで、俺の目でも追うのがやっとだった。


 ヒュオオオン!


 大剣が風を切り裂いて横薙ぎに振られる。俺は剣を立てて防御するが、その衝撃で体が宙に浮いた。


「ぐうっ!」


 俺は広場の端まで吹き飛ばされ、石の壁に激突する。肺から空気が押し出され、口の中に血の味が広がった。


 しかし魔物は容赦しない。無表情のまま、機械のように正確に追撃を仕掛けてくる。


 ドガァン!ドガァン!ドガァン!


 俺の剣が魔物の連続攻撃を受け止めるたび、刃に亀裂が走っていく。丹念に鍛え上げた愛剣が、みるみる傷ついていく。


「くそっ...なんて力だ!」


 俺は必死に反撃を試みるが、もはや魔物の動きについていけない。相手の攻撃を受けるのが精一杯だった。


 そして、ついにその時が来た。


 ガキィィィン!


 俺の剣に決定的な亀裂が入る。刃が震え、今にも折れそうになった。


 「終わりだ...」


 魔物が大剣を天高く掲げる。紫の光を纏った刃が、処刑台の断頭台のように俺の上に迫る。


 俺は最後の力を振り絞り、剣を頭上に構えた。


 そして、運命の瞬間。


 ドガァァァァン!


 轟音と共に、俺の愛剣が真っ二つに折れ飛んだ。柄だけが手に残り、刃は宙を舞って広場の向こうに突き刺さる。


「俺の...剣が...」


 四十年の魂を込めた剣。完璧を追求し続けた証。それが、一瞬で無に帰した。


 絶望が津波のように胸を襲う。と同時に、魔物の胸で脈動する虚核が、俺の目に焼き付いて離れない。


 あの力...あの圧倒的な力があれば...


 俺は折れた剣の柄を握りしめながら、虚核への渇望を禁じ得なかった。


ーーーーー


 ダグマールの剣が折れた瞬間、私の中で何かが弾けた。


「分析完了。戦闘開始」


 ペンダントの魔核に意識を向ける。魔力が風となり全身を駆け巡った。


「ソウルフォージ!」


 眩い光が私を包み込む。次の瞬間、私の背後に機械的なウィングユニットが展開された。青白い光を纏った翼が大きく広がり、空気を震わせる。


 同時に、右手に等身大のライフルが物質化する。青と白を基調とした精密機械のような外観。バレルの先端から風のエネルギーが漏れ出している。


「ティナ!」


 リーネが驚きの声を上げる。


「大丈夫、計算済みよ」


 私はライフルのスコープを起動し、魔物の胸の虚核にターゲットを合わせる。瞬時にデータが流れ込む。


「対象:人工虚核搭載型魔物。弱点分析開始」


ーーーーー


 ウィングユニットから青い粒子が噴射され、私は空中へ舞い上がった。風を切って上昇する感覚。魔物が見上げてくる。


 無表情だが、確実に私を新たな脅威として認識している。


「第一射、風圧弾」


 ライフルの引き金を引く。バレルから圧縮された風の塊が弾丸のように発射された。


 ドゴォン!


 魔物の胸に直撃するが、鎧に阻まれて大きなダメージは与えられない。しかし、強烈な風圧で魔物の体勢が崩れた。


「効果確認。連続射撃に移行」


 私は空中で機敏に動き回りながら、風刃を連射する。


 シュンシュンシュン!


 鋭い風の刃が次々と魔物を襲う。魔物は大剣で防御するが、全方位からの攻撃を完全には防ぎきれない。


 しかし魔物も反撃に出た。地面を強く蹴り、驚異的な跳躍力で私のいる空中まで跳び上がってくる。


「跳躍能力、予想を上回る!」


 間一髪で横に回避するが、魔物の大剣が私の左翼をかすめた。装甲が削れ、火花が散る。


ーーーーー


 三次元の空中戦が始まった。私は縦横無尽に飛び回り、魔物は驚異的な跳躍で追いかけてくる。


 ドシャンドシャン!


 魔物が着地するたび、石畳が粉々に砕け散る。その破壊力は凄まじく、まともに受ければ耐えられないだろう。


 空中戦が続く中、私は虚核の詳細な分析を進めていた。


「データ解析完了。虚核は負の感情をエネルギー源として使用」


 だから、ダグマールとの戦闘で痛みと怒りを吸収した後、無表情になったのね。感情を燃料として消費したから。


「それなら、攻略法は明確」


 虚核のエネルギー供給を断ち切れば、魔物の戦闘能力は大幅に低下するはず。


「チャージショット、準備開始」


 ライフルに風の魔力を集束させる。通常射撃とは桁違いの出力。ウィングユニットからも補助エネルギーが供給され、ライフル全体が青白い光に包まれていく。


 しかし、チャージには時間がかかる。その間、魔物の攻撃をかわし続けなければならない。


ーーーーー


 魔物が再び大ジャンプを仕掛けてくる。その巨体が空中で影を作り、私に迫る。


 しかし、今度は読めていた。


「回避行動、実行」


 私は急降下して魔物の下をくぐり抜ける。魔物の大剣が空を切った。


「チャージ70%...80%...90%...」


 ライフルが唸りを上げ、バレルが白熱化していく。周囲の空気が振動し、風のエネルギーが渦を巻いている。


 魔物が着地し、今度は石を掴んで投げつけてきた。私は巧みに空中機動でかわしていく。


「チャージ完了!出力最大!」


 ライフルの銃口が太陽のように眩い光を放つ。集束された風のエネルギーが砲弾のように圧縮されている。


 魔物が最後の跳躍で私に向かってくる。大剣を構え、一撃必殺を狙っている。


「これで終わりよ」


 私は冷静に照準を合わせる。標的は魔物の胸の虚核。計算された必殺の一撃。


風神砲ウィンドカノン、発射!」


 轟音と共に、最大出力のチャージショットが放たれた。


 ドォォォォン!


 圧縮された風の塊が、まるで大砲の砲弾のように魔物に向かう。空気が割れ、衝撃波が広場全体を揺らした。


 魔物は大剣で防御しようとするが、今度ばかりは防ぎきれない。


 ガシャァァァン!


 大剣が粉々に砕け散り、続いて魔物の胸の虚核が爆発四散した。


ーーーーー


 虚核を失った魔物は、まるで糸が切れた人形のように崩れ落ちる。


 私は地面に降り立ち、ソウルフォージを解除した。


「やったね、ティナ」


 リーネが駆け寄ってくる。


「ええ。でも...」


 私は砕けた虚核の破片を見つめる。また、あの黒い魔力が漏れ出していた。


 前回と同じように、その魔力は見えない何かに吸収されていく。


「魔力が別の空間へと転移されてるみたい」


 私が険しい表情で言う。


 その時、ダグマールが折れた剣を見つめながら呟いた。


「俺の剣が...負けた」


 その声には、深い絶望が込められていた。


ーーーーー


 戦闘は終わったが、新たな疑問が生まれた。


 人工虚核は明らかに進化している。今回の魔物は前回より強く、しかも負の感情をエネルギーとしてソウルフォージを強化する能力まで持っていた。


「黒幕の技術が向上している。まるで私たちを利用して実験してるみたい」


 私が分析する。


「次はもっと強力な魔物が現れるかもしれない」


「その前に、黒幕を見つけ出さないと」


 アキトが決意を込めて言う。


 しかし、私たちは知らなかった。すでに黒幕の次の一手が動き始めていることを。


 そして、ダグマールの心に生まれた虚核への渇望が、やがて大きな悲劇を招くことになるとは、誰も予想していなかった。

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