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二人だけの時間

 ギルドの喧騒から離れ、街の中央広場を歩いているだけで、なんだか心が軽やかになる。シオンのAランク依頼も無事成功し、ギルドに新たな日常が戻ってきた。


「アキト、あそこのケーキ屋さん、新しくできたのよね」


 リーネが指差した先には、パステルピンクの看板に『スイート・ドリーム』と書かれた可愛らしい店がある。


「シフォンが働いている店だな」


「そうそう。一度行ってみたかったのよ」


 リーネの瞳がキラキラと輝いている。人間の姿になってから、こうした日常の小さな楽しみを純粋に喜ぶようになった。精霊核だった頃とは違う、新たな一面だ。


「じゃあ、寄ってみるか」


「本当?やったー!」


 リーネが飛び跳ねるように喜ぶ。その様子を見ていると、自然と頬が緩んでしまう。


ーーーーー


 店内は甘い香りに包まれていて、温かい雰囲気が漂っている。平日の午後ということもあり、客はそれほど多くない。


「いらっしゃいませ!」


 カウンターからシフォンが顔を出した。エプロン姿が似合っている。


「シフォンちゃん、お疲れ様!」


 リーネが手を振る。


「リーネさん、アキトさん。今日はお二人でお出かけですか?」


「そうなのよ。デートって言うのかしら?」


 リーネがさらりと言う。俺は思わず顔が熱くなった。


「デ、デートって...」


「何よ、違うの?」


 リーネがいたずらっぽく笑う。


「いや、違わないけど...」


「じゃあデートじゃない。良かったー」


 シフォンが微笑みながら見ている。


「お似合いですね、お二人とも」


「でしょ?私たち、最強のコンビなんだから」


 リーネが胸を張る。


「リーネ...」


「何よ、照れてるの?可愛いじゃない」


 完全にからかわれている。リーネのこういうところは昔から変わらない。


ーーーーー


 アキトったら、すぐ顔が赤くなるんだから。でも、そういうところが可愛いのよね。


「シフォンちゃん、おすすめはある?」


「はい。今日は特製のストロベリーショートケーキがあります。あと、チョコレートタルトも人気ですよ」


「じゃあストロベリーショートケーキを二つ!」


「リーネ、俺はコーヒーでいいよ」


「だめ。せっかくのデートなんだから、甘いもの食べなさい」


「でも...」


「でもじゃないの。私が食べきれなかったら手伝ってもらうから」


 アキトが苦笑いする。本当は甘いもの嫌いじゃないくせに、変に遠慮するのよね。


「分かった。じゃあストロベリーショートケーキで」


「よろしい」


 シフォンちゃんがクスクス笑ってる。私たちのやり取りが面白いのかしら。


「お二人とも、とても仲が良いですね」


「当然よ。この人、私がいないと何もできないんだから」


「そんなことないだろ」


「あら?じゃあ朝、私が起こしに行かなくても大丈夫なの?」


「それは...」


「ほら見なさい。やっぱり私がいないとだめじゃない」


 アキトが完全に降参した顔をしてる。勝ったわ。


ーーーーー


 ケーキとコーヒーを注文し、窓際の席に座る。外の景色を眺めながら、リーネがフォークでケーキを一口食べる。


「美味しい!シフォンちゃん、すごく上手なのね」


「ありがとうございます。実は、昔少し修業していたんです」


 シフォンが嬉しそうに答える。


「修業?」


「はい。王都の有名なパティシエのところで」


「へえ、それでこんなに美味しいのね」


 俺もケーキを一口食べてみる。確かに絶品だ。甘すぎず、いちごの酸味とクリームのバランスが絶妙である。


「本当に美味しいな」


「でしょ?私の舌は確かなのよ」


 リーネが得意げに言う。


「そういえば、リーネは昔から甘いもの好きだったな」


「精霊核の頃から?」


「ああ。でも実際に食べられるようになったのは最近だけど」


「そうなのよ。匂いは分かったけど、味は想像するしかなかったの」


 少し寂しそうな表情を見せるリーネ。精霊核だった頃の記憶は、彼女にとって複雑なものなのだろう。


「でも今は、こうして一緒に食べられるからな」


「そうね。今の方がずっと良いわ」


 リーネの表情が明るくなる。


ーーーーー


 リーネの笑顔を見ていると、改めて思う。人間に戻れて本当に良かったと。


「アキト、何ぼーっとしてるのよ」


「ああ、ごめん。ちょっと考え事を」


「私といるのに、他のことを考えるなんて失礼じゃない?」


「そうじゃなくて...」


「じゃあ何よ?」


 リーネがじっと俺を見つめる。その真剣な表情に、つい本音が出そうになる。


「君がいてくれて、幸せだなって思ったんだ」


「...え?」


 リーネの頬がほんのり赤くなる。


「な、何よ急に。そんなこと言ったって何も出ないわよ」


「別に見返りを求めて言ったわけじゃない」


「でも...」


 リーネが恥ずかしそうにケーキをつついている。こういう素直な反応を見せる時が、一番可愛いと思う。


「リーネ」


「何よ...」


「俺は君と一緒にいられて幸せだ」


「もう...バカじゃないの」


 そう言いながらも、リーネは嬉しそうに微笑んでいる。


ーーーーー


 「お客様、追加のコーヒーはいかがですか?」


 シフォンが声をかけてくる。


「ああ、お願いします」


「私も紅茶をお願い」


「はい、少々お待ちください」


 シフォンがカウンターに戻る。店内は相変わらず穏やかな雰囲気だ。


「そういえば、シオンの様子はどう?」


 リーネが話題を変える。


「順調だよ。昨日のAランク依頼も問題なくこなしていた」


「成長が早いわね。アキトの指導が良いからかしら」


「俺は何もしていない。シオンの努力の結果だ」


「謙遜しすぎよ。ちゃんと認めなさい」


 リーネが少し怒ったような顔をする。


「君がそう言うなら...」


「そうよ。アキトはもっと自分を認めても良いの」


 その時、店の外から大きな音が響いた。


「何の音?」


 リーネと俺は同時に窓の外を見る。


 街の向こうから黒い煙が上がっている。そして、人々の悲鳴が聞こえてきた。


「また人工虚核の魔物か?」


「おそらく」


 俺たちは立ち上がる。


「シフォンさん、お会計を」


「いえ、お気になさらず。お気をつけて」


 シフォンが心配そうに見送ってくれる。


ーーーーー


 せっかくの平和な時間だったのに。でも、これも冒険者の宿命よね。


「アキト、行きましょう」


「ああ」


 私たちは急いで店を出る。街の中心部に向かって走りながら、体内の精霊核の力を感じ取る。


 人間になった今でも、この力の感覚は変わらない。


「ソウルフォージ」


 私の右手に炎の剣が現れる。アキトも同時に白銀の剣を召喚した。


「久しぶりの実戦ね」


「そうだな。でも気をつけろよ」


「心配しすぎよ。私を誰だと思ってるの?」


 そう言いながらも、アキトの心配は嬉しい。私のことを大切に思ってくれているから。


 街の中心部に着くと、予想通り人工虚核を宿した魔物がいた。今度は巨大なトカゲのような形をしている。


「民間人の避難は?」


「ルカスたちが対応してるみたい」


 確かに、ルカスとライラの姿が見える。エリーゼも避難誘導を手伝っている。


「私たちも行くわよ」


「ああ」


 でも、なんだか様子が変だ。この魔物、他の人工虚核の魔物と比べて動きが違う。まるで、私たちを待っていたみたい。


「アキト、この魔物...」


「俺も気づいた。明らかに俺たちを狙っている」


 魔物が振り返る。その瞳には、確かに知性が宿っている。


「罠かもしれないわね」


「だが、放っておくわけにもいかない」


「そうね。やりましょう」


 私たちは同時に駆け出す。長年のパートナーとしての連携は、人間になった今でも完璧だ。


ーーーーー


 アキトが左から、私が右から魔物を挟み撃ちにする。しかし、魔物は予想以上に俊敏だった。


「速い!」


 魔物の尻尾が私を襲う。間一髪で回避するが、その隙に魔物がアキトに向かっていく。


「危ない!」


 私は炎の槍を投げてアキトをかばう。魔物はアキトの攻撃を受けて後退した。


「ありがとう、リーネ」


「お礼はあとで聞くわ」


 でも、魔物の動きがさっきよりも鈍くなっている。疲れてきたのかしら?


「今よ、アキト!」


「分かった!」


 私たちの合体攻撃が魔物の胸を貫く。人工虚核が砕け散り、魔物は消滅した。


「やったね」


「ああ。でも...」


 その時、砕けた人工虚核から漏れ出た黒い魔力が、まるで意志を持ったかのように一か所に集まり始めた。


「何あれ?」


 リーネが驚く。黒い魔力は空中で渦を巻き、やがて見えない何かに吸い込まれていく。


「誰かがあの魔力を...」


 俺は周囲を見回すが、怪しい人物の姿は見当たらない。しかし、確実に誰かがその魔力を回収していた。


 数秒後、黒い魔力は完全に消失した。まるで何事もなかったかのように。


「見えた?今の」


「ああ。誰かがあの魔力を吸収していた」


 リーネの表情が険しくなる。


「組織的な犯行ってこと?」


「わからない、ただ…」


 アキトの表情が険しい。


「どうしたの?」


「この魔物、明らかに俺たちの戦闘パターンを知っていた」


「え?」


「最初の攻撃、俺たちの連携を読んで対応していた」


 言われてみれば、確かにそうだった。まるで私たちの動きを事前に研究していたみたい。


「誰かが情報を流している?」


「可能性は高い」


 不安が胸を過る。ギルドの中に、敵がいるということ?


「とりあえず、ルカスたちに報告しましょう」


「そうだな」


 でも、心の奥で嫌な予感がしていた。この事件は、まだ始まりに過ぎないのかもしれない。

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