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信頼という名の絆

 翌日、ギルドに新たな緊急依頼が舞い込んだ。


「また人工虚核の魔物が現れた」


 ルカスが血相を変えて報告する。


「今度は二体だ。しかも、連携して行動している」


「二体も?」


 アキトの表情が険しくなった。


「場所は西の廃坑。民間人の避難は完了している」


「俺とリーネで行く」


「ん〜、僕も行きたい」


 ゼノが名乗りを上げた。


「僕も人工虚核の魔物とやりたくなっちゃった」


「危険だぞ」


「だからこそ面白いんじゃん?」


 ゼノの言葉に、アキトは頷いた。


「分かった。じゃあ三人で...」


「俺も行きます」


 シオンが前に出た。


「シオン、今回は危険すぎる」


「でも、昨日は俺の判断で勝てたじゃないですか」


「それはたまたまだ」


「たまたま?」


 シオンの表情が曇った。


「俺の頑張りは、たまたまなんですか?」


「そういう意味じゃ...」


「じゃあ、どういう意味ですか?」


 シオンの声に、初めて反抗的な響きが混じった。


「俺は、いつまで守られるだけの存在なんですか?」


 その問いかけに、アキトは答えられなかった。


「行かせてあげたら?」


 ゼノが口を挟む。


「この子、もう十分強くなってるよ」


「でも...」


「でもじゃないでしょ」


 リーネもシオンの味方についた。


「昨日の戦いを見てたじゃない。シオンくんはもう一人前よ」


「そうだよー。シオンお兄ちゃん、すごく頑張ってるもん」


エリーゼも頷く。


 周囲の全員がシオンの参加を支持している。アキトだけが反対していた。


「分かった...」


 アキトがついに折れた。


「でも、絶対に無理はするな」


「はい!」


 シオンの顔が輝いた。


ーーーーー


 西の廃坑は薄暗く、湿った空気が漂っていた。奥の方から、異様な魔力の波動が感じられる。


「いるね」


 ゼノが楽しそうに呟く。


「二体とも、かなり強そうだよ」


 坑道の奥に、二体の魔物が立っていた。一体は狼のような形をしているが、全身に青い結晶が埋め込まれている。もう一体は鳥のような翼を持つ魔物で、同様に人工虚核を宿していた。


「あれが...」


 シオンが息を呑む。昨日の熊よりも、明らかに強そうだった。


「シオン、作戦を頼む」


 アキトがシオンに指揮を委ねた。


「え?俺が?」


「ああ。君の判断を信じる」


 その言葉に、シオンは胸が熱くなった。


「分かりました!」


シオンが魔物たちを見据える。その動きを注意深く観察し、攻撃パターンを分析していく。


「狼型は近接戦闘特化、鳥型は魔法攻撃が主体です」


「ほう」


「まず鳥型を優先的に叩きます。空中からの魔法攻撃が一番厄介です」


「なるほど」


「アキトさんとリーネさんで狼型を抑えてください。俺とゼノさんで鳥型を倒します」


「大丈夫か?」


 アキトが心配そうに聞く。


「ゼノさんがいてくれます。大丈夫です」


「そうそう、俺がついてるからね」


 ゼノが軽く答える。


「でも...」


「アキトさん」


 シオンがアキトを見つめた。


「俺を信じてください」


 その真剣な眼差しに、アキトはついに頷いた。


「分かった。作戦開始だ」


ーーーーー


 戦闘が始まった。四人の連携は見事なものだった。


 アキトとリーネが狼型の魔物を挟み撃ちにし、その注意を引く。一方、シオンとゼノは鳥型の魔物に向かっていく。


「いくよ、シオン」


「はい!」


 シオンが風魔法で跳躍し、鳥型の魔物に肉薄する。魔物は魔力の槍を放ってきたが、シオンは的確に回避した。


「動きを読めてる」


 ゼノが感心する。


「実戦慣れしてきたね」


 シオンの剣が鳥型の翼を斬りつける。魔物はバランスを崩し、地面に墜落した。


「今です、ゼノさん!」


「いいねぇ!いいねぇ!すごいねぇ!」


 ゼノの大鎌が魔物の人工虚核を狙う。しかし、魔物は咄嗟に魔力のバリアを展開した。


「硬いね」


「もう一度!」


 シオンが再び跳躍し、今度は魔物の頭部を狙う。魔物は魔法の剣で迎撃しようとするが、シオンの動きは以前とは比べものにならないほど俊敏だった。


「成長してるじゃない」


 風の刃が魔物の首を斬り裂く。致命傷ではないが、動きを鈍らせるには十分だった。


「決めます!」


 シオンが全力で魔力を込めた最後の一撃を放つ。風の刃が螺旋状に回転し、魔物の胸の人工虚核を粉砕した。


「やった!」


 鳥型の魔物が崩れ落ちる。シオンは息も絶え絶えだったが、確実に勝利を掴んでいた。


 一方、アキトとリーネも狼型の魔物を追い詰めていた。


「息が合ってるわね」


 リーネの炎とアキトの白銀の炎が絡み合い、美しい光の渦を作る。


「ああ、やっぱりリーネとの連携が一番だ」


「当然よ、私たちは最強のコンビなんだから」


 二人の合体攻撃が狼型の魔物を貫いた。こちらも人工虚核が砕け散り、魔物は消滅する。


「お疲れ様!」


ーーーーー


「すごかったよ、シオン」


 ゼノがシオンの肩を叩く。


「君の判断がなかったら、もっと苦戦してたね」


「ありがとうございます」


 シオンが嬉しそうに答える。


「でも、まだまだです。もっと強くならないと」


「そうだね。でも、いい方向に向かってるよ」


 ゼノがアキトを見る。


「どう?君の『教え子』の成長ぶりは」


「...立派だった」


 アキトが素直に認めた。


「シオンは、もう一人でも戦える」


「でしょ?」


「でも...」


「また『でも』?」


 ゼノが呆れたような顔をする。


「いい加減、認めなよ。この子はもう君の保護なんか必要ないって」


「俺は...」


「アキトさん」


 シオンが口を開いた。


「俺、もう一人でも大丈夫です」


「シオン...」


「もちろん、まだまだ教えてもらいたいことはたくさんあります。でも...」


 シオンが真剣な表情を見せる。


「俺のことを信じてください。俺は、アキトさんが思っているより強いんです」


 その言葉に、アキトの胸に何かが響いた。


(そうか...俺は)


 アキトは自分の間違いに気づき始めていた。


(俺は、シオンを信じていなかった)


 守ることと信じることは違う。保護することと教育することも違う。


「ごめん、シオン」


 アキトが頭を下げた。


「俺は...君を信じていなかった」


「え?」


「俺の勝手な恐怖で、君の可能性を押さえつけていた」


 アキトの言葉に、シオンは驚いた。


「そんなことは...」


「ある」


 アキトが顔を上げる。


「俺は、タケルを失った罪悪感から、君を過保護にしていた。それは間違いだった」


「アキトさん...」


「今度こそ、正しい指導をしたい。君を信じて、任せることから始めたい」


 その言葉に、シオンの瞳に涙が浮かんだ。


「ありがとうございます」


ーーーーー


「よし、じゃあ記念すべき第一歩といこうか」


ゼノが手を叩く。


「シオン、今度一人で依頼に行ってみない?」


「一人で?」


「そう。もちろん、危険な依頼じゃないよ。Cランクの魔物討伐とか」


「でも...」


 シオンがアキトを見る。


「行っておいで」


 アキトが微笑んだ。


「俺は君を信じている」


 その言葉に、シオンの顔が輝いた。


「はい!行ってきます!」


 シオンが元気よく駆け出していく。その後ろ姿を見送りながら、アキトは複雑な気持ちでいた。


「心配?」


 リーネが声をかける。


「ああ。でも、これが正しいことだと思う」


「そうよ。シオンくんなら大丈夫」


「きっと成長して帰ってくるよね」


 ゼノも頷く。


「君も成長したじゃない、アキト」


「俺が?」


「そう。過去の痛みを乗り越えて、前に進むことを選んだ」


 ゼノの言葉に、アキトは小さく頷いた。


ーーーーー


 夕方、シオンが依頼から帰ってきた。服は汚れ、小さな傷もあるが、その表情は充実感に満ちていた。


「お帰り、シオン」


 アキトが迎える。


「ただいま戻りました!」


 シオンの声は弾んでいた。


「依頼はどうだった?」


「無事完了しました。でも...」


 シオンが苦笑いを浮かべる。


「一人だと、色々と気づくことがありますね」


「そうか」


「自分の判断で戦うのは、想像以上に難しかったです。でも...」


 シオンの瞳が輝く。


「すごく勉強になりました。もっと強くなれる気がします」


 その言葉に、アキトは安堵した。シオンは確実に成長している。


「良かった」


「はい。アキトさんのおかげです」


「俺のおかげ?」


「俺を信じてくださったから」


 シオンが深々と頭を下げる。


「ありがとうございました」


ーーーーー


 それから数日、ギルドの雰囲気は明らかに変わった。


 シオンは一人で依頼をこなすようになり、その実力は日に日に向上していた。失敗することもあったが、それも含めて成長の糧としている。


 アキトの指導方法も変わった。細かく指示するのではなく、シオンの判断を尊重し、必要な時だけアドバイスする。


「今日の戦い方、どうだった?」


「反省点がたくさんあります。魔力の配分をもっと考えるべきでした」


「そうだな。でも、自分で気づけているなら大丈夫だ」


「はい」


 健全な師弟関係が築かれつつあった。


 ゼノも満足そうにその様子を見ていた。


「いいじゃない、この雰囲気」


「君のおかげだ」


 アキトがゼノに礼を言う。


「俺一人では、気づけなかった」


「いやいや、君が素直だったからだよ」


 ゼノが手を振る。


「案外、頑固な人だと思ってたけど、ちゃんと反省できるじゃない」


「失礼な奴だな」


 アキトが苦笑いする。


「でも、ありがとう」


ーーーーー


「ねえ、シオン」


 ある日、ゼノがシオンに声をかけた。


「君、もうソロでAランク依頼を受けられるレベルになってるよ」


「本当ですか?」


「本当本当。でも、その前に最後の試練があるんだ」


「試練?」


「僕との一対一の勝負」


 ゼノの提案に、シオンの瞳が輝いた。


「やらせてください!」


「いいよ。でも、手加減はしないからね」


「お願いします」


 こうして、シオンの最後の試練が決まった。


ーーーーー


 訓練場で、シオンとゼノが向かい合っていた。周囲には、ギルドメンバー全員が見守っている。


「準備はいい?」


「はい」


 シオンが風の剣を構える。その動きには、もう迷いはなかった。


「ソウルフォージ」


 ゼノも大鎌を召喚する。


「じゃあ、始めようか」


 ゼノが軽やかに跳躍した。その速度は以前と変わらず、シオンの目では追うのがやっとだった。


 しかし、シオンの対応は以前とは大きく異なっていた。


(予測して動く!)


 シオンがゼノの着地点を予測し、先回りして攻撃を仕掛ける。


「おっと」


 ゼノが驚いて回避する。


「やるじゃない」


「まだです!」


 シオンが連続攻撃を仕掛ける。風の刃が次々とゼノを襲うが、ゼノも大鎌でそれらを捌いていく。


 二人の戦いは激しく、美しかった。


「いいよ、その調子」


 ゼノが楽しそうに笑う。


「君、本当に強くなったね」


「ありがとうございます!」


 シオンも笑顔で答える。恐怖ではなく、純粋に戦いを楽しんでいた。


 十分ほどの激しい攻防の後、ゼノがわざと隙を見せた。


「今だ!」


 シオンがその隙を突いて、風の刃をゼノの胸に突きつける。


「参った参った」


 ゼノが手を上げた。


「君の勝ちだ」


「やった!」


 シオンが飛び跳ねて喜ぶ。


「おめでとう、シオン」


 アキトが歩み寄った。 


「君は立派な冒険者だ」


「ありがとうございます、アキトさん」


 シオンが深々と頭を下げる。


「でも、これも全部、アキトさんの指導のおかげです」


「いや、君の努力の成果だ」


 アキトが微笑む。


「俺は何もしていない」


「そんなことありません」


 シオンが顔を上げる。


「アキトさんが俺を信じてくれたから、ここまで来られました」


 その言葉に、アキトの胸が温かくなった。


ーーーーー


 夕暮れの訓練場で、アキトは一人で剣を振っていた。しかし、もう悪夢にうなされることはなかった。


 タケルへの罪悪感は完全には消えない。しかし、それを前向きな力に変えることができるようになった。


「アキト」


 リーネが現れた。


「どう?シオンくんが一人立ちして」


「寂しいような、嬉しいような」


 アキトが苦笑いする。


「でも、これが正しい関係だと思う」


「そうね」


「俺は、ようやく本当の指導者になれたかもしれない」


 その時、シオンが訓練場に現れた。


「アキトさん、明日の依頼の件で相談があります」


「何だ?」


「Aランクの魔物討伐なんですが、一人で挑戦してみたいんです」


「Aランク?」


 アキトが驚く。


「ちょっと早いんじゃないか?」


「でも、もう準備はできています」


 シオンの瞳に、確固たる自信が宿っていた。


「分かった」


 アキトが頷く。


「でも、何かあったらすぐに連絡しろ」


「はい!」


 シオンが嬉しそうに駆けていく。


 その後ろ姿を見送りながら、アキトは思った。


(これが、本当の信頼というものなんだな)


 過保護と信頼の違いを、アキトはようやく理解できた。


 そして、タケルへの罪悪感も、少しずつ癒えていくのを感じていた。


 新たな絆が生まれた瞬間だった。


 ゼノが王国に帰る日も近づいていたが、彼が残した教訓は、ギルド“鉄の絆”にとって貴重な財産となった。


「みんなで強くなれば守れる」


 ゼノの言葉通り、ギルドはより強固な結束を手に入れていた。


 そして、人工虚核の脅威に立ち向かう準備も、着実に整いつつあった。


 新たな戦いが待っているが、今度は全員が成長した状態で立ち向かえる。


それは、希望に満ちた未来への第一歩だった。

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