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前編

 ボフンッッ!!

 ガララララッ!!

 ゴトンッ!!



 魔法科特待生のアラベラは端的に言えば失敗した。

 大きな背もたれのある年季の入った椅子ごと後ろにひっくり返った状態のままで彼女は茫然としていた。


「やっぱり、自分が乗っていないホウキの制御は難しいわ…。」


「ンナァー!」


 抗議の声を上げるかのように、相棒である天竺猫(テンジクネコ)のクロが全身の毛を逆立てて甲高く鳴き声を上げる。

 それもそのはずで、ホウキにクロだけを乗せて飛行実験を行ったはいいが、ホウキどころか自分が座っていた椅子も同じように一緒に浮いてしまうという予想外の結果になり慌ててしまい、ホウキも椅子も失速し制御に失敗してしまったからだ。


 開いている窓を見上げると、空には明日開催される年に一度の研究発表会の準備を兼ねた予行演習なのか、遠くから賑やかな曲や歓声と共に昼花火がポンポンと打ちあがっているのが見える。


「研究発表会はもう明日かあ、結局去年と同じ事をやることになりそう。」


 とアラベラは思ったが、どのみちアラベラはとある事情で毎回発表はほぼ同じもので固定されている。そのため、派手な演出などの準備をすることもなく地道に技術力のアップに努めていたが、新しい技術を披露するどころか失敗してしまったため、気落ちしている。


「ウニャーン?」


 辛うじて軟着陸させたホウキから飛び降りたクロが、慰めるかのように椅子の上に乗ってきた。


 ここは王立学院にある魔法科。他に貴族科や総合科や騎士科などがあり、この魔法科は若き魔法師見習いたちが通う王立の教育機関だ。

 その片隅にある魔法科用の大きな研究塔(円形校舎)は権威ある…と言えば重厚だが、長年の風雨にさらされツタがそこかしこに生えているわびし気な雰囲気は他学科の校舎と比べるといささか地味に感じてしまう。それもそのはずで、この塔は何年も前からただの大きな倉庫…よく言えば資料館として扱われており、滅多に出入りする者はいない。


 その古めかしい塔の中ほど…三階にある空き教室を占拠し、アラベラは古い文献を漁りながら役立ちそうなものを拾い漁ったり、何世代も前の研究者が編纂し解読し実験を繰り返したという古い研究書をじかに読み解いて先人の知恵を清書しつつ自分の研究に役立てている。


 実際に役に立ったかというと先ほどの実験の様に失敗することの方が多いのだが。しかし失敗は成功の母ともいうので、アラベラは失敗を反省はしつつも今日も今日とて研究を続けている。


「ナーン」


 鼻先を近づけてきたクロの顎下を撫でながら


「昔の研究書()を読むのは嫌いじゃないけど、外で思いっきり空を飛んでみたいなあ。」


 特待生であるがゆえに、その行動には制限が付きまとう、アラベラが自由に過ごせるのはこの塔の中くらいのものだ。それも研究という大きな建前をつかって。なので研究発表会では派手な演出は要らないが、毎年きっちりと成果を見せなくてはならない。また、契約上許可なく他者に見せてはならないため、実践する場所はかなり限られてしまう。それなりに広さのある場所でなければという事でたどり着いたのがこの大きな研究塔だ。快く受け入れてくれた塔の管理人であるスカイラー夫人にはとても感謝している。


 アラベラはゆっくりと起き上がると、深呼吸しようと件の窓から外に顔を出そうとした。その時ふとなんだかどこかで聞いたような声が下から聞こえた。


「ああ、ロッティ!明日でアラベラとはお別れだ!ロッティに嫌がらせをするあいつのような犯罪者などこちらから婚約破棄してやる!」


「まあ、ジェイク様ぁ。ロッティとっても嬉しいですぅ!」


「そうだろう、そうだろう、我がホートン家の名前を利用してお前を傷つけ、アクセサリーを奪うなど、許せるものではないからな!」


 ここは塔の出入り口とは真反対つまり裏側で、そこにはアラベラの「とある事情」の主が相変わらず見知らぬ女性を連れている様だ。アラベラの支援貴族家(パトロン)ホートン家の五男ジェイクであり、その契約条件の一つの婚約相手である。

 それは良いとして(良くないが)婚約破棄とは…


「ええ……うそでしょ……。」


 アラベラは驚いてその場に座り込んだ。


「えと……、私、明日、婚約破棄されるのか…。」


 まず最初に思ったことは


「困ったなあ…。」


 である。


 というのも、特待生であるアラベラは常に優秀な成績を修める事を義務付けられており、同時にその成果に対する褒美の一環として学院卒業時に準騎士─正確にはサー・マジシャンと言うべきだろうか─の爵位が授与されることになっている。

 支援貴族家であるホートン家がアラベラの研究そのものに理解を示しているため、年に一度の研究発表会では毎年同じ研究題材で良いとの意向に沿い発表内容としてはほぼ同じであるが、特待生としてはそれに甘んじるわけにもいかないので、毎年出来る限りの工夫を凝らして付加価値を付けている。


 まあ、そんな風に研究に没頭しているため、婚約者であるホートン家令息ジェイクとはほとんど交流はなかった。なので、婚約破棄は良いとして…いや良くは無い…のかどうかは判らない、判らないが、先ほど見た昼花火がアラベラの脳裏に浮かんだ。


 あんな風に私も自由に空の下で…


「ニャッ?」


 言葉に出す直前、座り込んで考え込んでいるアラベラの肩にクロがよじ登ってきて、心配そうに小首をかしげている。


「ほんと、どうしようかしら。」


 学問の成績は良くても、人間関係や特に恋愛事情なんて並以下どころか底辺を這いずっているという自覚はアラベラにもある。研究ばかりに没頭していて友達と呼べる相手はこのクロだけだ。

 膝を抱え込んでどうしたらいいか全くいい考えが出ないまま落ち込んでいた時。


「ウニャーン!」


 クロが顔を上げて鳴き出し、出入り口の方へ駆けて行った。すると


 ドン!ドンドン!


「アラベラさん?何かありましたか??」


 研究塔の入り口の扉のドアノッカーを叩く音がした。この研究塔の管理人であるスカイラー夫人の声だ。


 アラベラがふと先ほどジェイクたちがいた窓下を見ると彼らは既にいなくなっていた。

 それを遠目に確認するとアラベラは慌てて階段を駆け下りた。



               ◇◇◇◇◇◇◇◇



「アラベラさん!実験に失敗して椅子ごと転んだと?大丈夫じゃありませんよ、医務室で見てもらいます!」


 と医務室に連れていかれ、医師に健診用魔道具を使っての診察をされながら、スカイラー夫人にそんなに大きな物音や爆発が起きた訳でも無かったのに何故わかったのかとアラベラは尋ねた。


「そんなに大きな失敗ではなかったと思うんですけど、なぜわかったのですか?」


「そりゃあ感知装置がありますもの。あの塔はオンボロ…ゲフン、記念の…古い歴史ある建物で収蔵されている貴重品も多いから、保安対策(セキュリティ)や防災対策は見た目以上にしっかりしているの。もちろんあなたの入出記録だけでなく、誰も人がいない間でもちゃあんと観測・記録されてるわよ。」


 アラベラはもしかしてこれで助かるのでは?とひらめいた。


「それってどのくらい前から…いえ、どのくらいの期間記録されてるのですか?」


「そうね場合によるけど、3年位前までは確実にあるわね。探せば10年くらいあるわよ。貴重な資料を勝手に持ち出したりする者がいないようにね、それに誤って破損したり、火事が起きても小火(ボヤ)の内に消し止められるようによ。そういった小さな事だってきっちりと記録されてるわ。」


「そ、それ、それを見せて貰えますか!!」


「アラベラさん、一体どうしたの?」


 アラベラは先ほどの出来事をスカイラー夫人にすべて話した。


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