悪役令嬢の没落娘の“モブ母”に転生しましたが、夫は不倫中、娘は孤立、家は破産寸前──でも私は諦めません!この人生、幸せに塗り替えてみせます!
「……は?」
目が覚めた私は、見知らぬ天井と、老朽化した屋敷の匂いに一瞬で現実を理解した。いや、現実じゃない。ここは乙女ゲーム『エルドラの花園』の世界、しかも――
「モブ中のモブ、没落悪役令嬢の母親キャラ!?」
名前はクラリス・ローゼンハイン。娘は悪役令嬢ミレーヌ。彼女はヒロインをいびり、最後は婚約破棄&国外追放。母であるクラリスは、夫に裏切られ、使用人にも逃げられ、娘の失脚と共に屋敷も売り飛ばされる――そんな悲惨極まりない“設定だけ存在する背景キャラ”である。
私は、日本でブラック企業に勤め、孤独死した三十代独身女。再就職も叶わず、スマホの画面に表示された「エルドラの花園」に罵声を飛ばしながら死んだ記憶がある。
「どうせならヒロインになりたかった……!」
嘆いても仕方ない。すでに物語は進行中。娘ミレーヌは十歳、夫は冷淡で愛人と旅行中、家計は火の車、しかも――
「え? 三か月後に借金返済の督促状……?」
このままでは家は差し押さえ、娘は悪役令嬢として孤立し、私も野垂れ死にだ。だが――
「だったら、全部変えてやる。娘も、家も、私自身も!」
かくして、モブ母クラリスの反逆が始まった。
***
まず最初に手を打ったのは、家計の立て直し。
「まずは家の中に眠ってる宝石類を売る。あと馬車は手放す。使用人も最低限に削減……」
クラリスは元・貴族の嗜みで、宝石や調度品の価値を把握していた。前世の記憶と相まって、在庫管理と売却はお手の物だった。
「このペンダント、王族向けのデザイン。闇オークションなら倍の値がつく」
「奥様、そ、それはお祖母様の形見では……!」
「だったら余計に高く売れる。うちの娘が国外追放になるよりはマシでしょ?」
情に訴える老女中をなだめすかし、クラリスは手際よく資金を捻出。1か月で借金の半分を返済、残りも利息交渉と支払延長で見通しを立てた。
次に取りかかったのは、娘ミレーヌの性格矯正。
「ママ、どうして平民の子なんかに笑いかけたの? あの子、庶民なのよ?」
「……その子、転生ヒロインかもしれないのよ」
「え?」
「……じゃなかった、つまりね、立場なんて、いつでも逆転するものなのよ。貴族だって、庶民だって、人の価値は態度と心で決まるの」
「……よくわかんないけど、ママがそう言うなら……」
とりあえず、娘に令嬢としての品格を教え込み、ゲームでの悪役イベントを片っ端から潰していく。
「給仕係に水をぶっかけるイベント? 禁止。どうしてもやりたいなら、代わりに私がぶっかけるわ」
「えぇ……」
***
問題は、夫。
「……クラリス、僕はもう君に愛情はない」
そう言って現れたのは、典型的な美形で無能な夫・ギルベルト。侍女と浮気中である。
「愛情がないなら、離縁届にサインして? でも娘の親権と後見人は私に。慰謝料も、愛人の身元も調査済みだから、そっちに請求する予定よ」
「なっ……!」
「あと、あなたの愛人、盗賊ギルドとつながってたから処刑されるかも。貴族の信用を守るためにも、被害者として名を連ねた方が身のためよ」
ギルベルトは青ざめ、すぐに署名して逃げ帰った。残されたクラリスは、溜め息一つ。
「前世よりよっぽど仕事してるわ、私……」
***
ミレーヌが十五歳になり、学園へ入学する日。
本来なら、この日からゲーム本編が始まる。しかし、娘は今や温厚で礼儀正しい令嬢に育っていた。ヒロインと友人になり、破滅フラグなどどこ吹く風。
「お母様、わたくし、初等科の頃から仲良しだったシルヴィアと同じ寮になりましたわ!」
「そっか、よかったわね。……シルヴィアって、まさか……」
そう、彼女こそが本来の転生ヒロイン。だが、クラリスの教育により、ミレーヌは彼女と敵対するどころか親友として、破滅フラグを逆転していた。
「……ミレーヌ」
「はい?」
「どんな未来が来ても、あなたは自分の心を大切にするのよ」
「はい、お母様!」
その笑顔は、どこまでも明るく――私の選んだ未来が、間違いでなかったことを教えてくれた。
***
後日、王宮から手紙が届いた。
『ローゼンハイン家のクラリス様、あなたを王国経済顧問に任命したい』
――貴族社会に革命をもたらした家計再建術が話題になり、王室の目に留まったらしい。
「やるじゃない、私!」
あの日、モブとして生きるしかないと思った私。けれど、それは思い込みだった。変えようと思えば、何だって変えられる。
娘も、家も、そして私自身の未来も。
――この人生、私が主人公として塗り替えてみせる。