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双剣使いのクズ冒険者、実は『最凶の”元”剣聖』~気づいたら、いつもトラブルに巻き込まれていますが、なんだかんだ人助けしちゃってます~  作者: 烏羽 楓
第二章 ギアブルグ王国篇

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第71話「“元”剣聖、雷鳴と共に賢者の核を断つ」

 レイスの双眸は静かに男を見つめる。

 静かに息を吐き、刃先をわずかに下げる。

 

 「来いよ」

 

 男が一歩、床を踏む。石床が凹み、次の瞬間、視界から掻き消える――。

 次の瞬間、無音で迫った黒い拳が、空間ごと押し潰すように振り下ろされた。


 ギィィン――!

 

 剣と拳が噛み合い、火花が白い尾を引く。圧力の余波だけで、背後の配管にヒビが走った。

 男は間髪入れずに二撃、三撃。拳が槌の連打のように降る。

 

 レイスは刃を滑らせ、受け流し、最短軌道で反撃を差し込む。

 肘、膝、喉元――急所を狙った斬線は寸前で硬化皮膚に阻まれるが、そのたびに黒目が揺れ、男の体勢が微かに軋んだ。


(硬いだけじゃない。石が“動き”を補正してやがる……なら、核を断つ)


 男の踵が床を穿ち、横薙ぎの拳圧が空気を裂く。

 

 レイスは身を沈めて潜り抜け、足首に刃を叩き込み、膝関節へと連撃を重ねる。

 鈍い破砕音。男の片膝が崩れた。


「そいつが弱点か?」


 踏み込み。双剣の片方が胸へ一直線――しかし男は体幹だけで後方へ滑るように退き、刃先はわずかに逸れた。

 

 視界の端で、赤い結晶が鼓動のように明滅する。

 脈打つたび、男の失った均衡が補われ、破れた筋肉が吊り上がる。


(やっぱり“核”はそこか)


 レイスは呼気を細く吐く。

 ユインとスライは上へ逃げ切った。ならば、ここで仕留める。


 男が吠えた――いや、声帯ではない。石が鳴いた。

 濁った衝撃波が押し寄せ、耳の奥を針で刺すような痛みが走る。

 

 次弾、跳躍。天井近くまで舞い上がった男が、落下の慣性を載せた踵落としを叩き込んでくる。


 レイスは、それを躱すと後ろに飛び、距離を取る。


 男から視線を逸らさず、刃を鞘へ滑らせた。

 足裏で床の目を読む。肩の力を抜き、視線を胸の一点に固定する。

 

 世界の輪郭が静まり、音が遠のく。


 男の影が覆い被さる――刹那、レイスは半歩だけ踏み、腰を切った。


「……おせぇ」


 鞘鳴り。

 次いで、斬閃。


 ――抜きつけた刃が、雷の線になった。


 火花が散ったように見えたのは錯覚ではない。

 刃が空気を裂く速度で生じた帯電が、千の微かな音を鳴らす。

 耳の奥で、細い小鳥の囀りが幾重にも重なった。


神ノ斬流(かむのぎりゅう)抜刀術――“千鳥”」


 閃光は一本ではない。

 見えるのは一筋、だが実際には千筋。

 同じ軌跡を万回なぞるように、同一点へと斬線が重ねられる。

 

 狙いは、胸――賢者の石。


 男の踵がレイスの肩口を掠める。皮膚が裂け、血が飛ぶ。

 同時に、刃は目的の核へ到達した。


 チ……チチチチチ――ッ!


 結晶が、悲鳴のような音を立てて割れる。

 赤い光が花弁のように散り、黒い血管がしぼむ。

 

 瞬きほどの間に、石の輝きが色を失い、蜘蛛の巣のような亀裂が全面へ走った。


 最後の一閃が、核を貫いた。


 甲高い破断音。

 賢者の石は粉塵となって崩れ、赤い砂になって胸腔へ流れ込む。

 

 男の体がぎくりと痙攣し、糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。


 遅れて、重い風が吹き抜ける。

 赤い水槽の中の泡が一つ、二つ、途切れた。

 室内を支配していた不快な脈動が、嘘のように止む。


 レイスは静かに刀身の血を払うと、刃を鞘へ収めた。

 肩口の傷が焼けるように痛むが、立つ足は揺れない。


「そこで寝てろ」


 男の黒い瞳から、墨が溶け出すように色が抜けていく。

 空虚な眼差しが天井を向いたまま、完全に動かなくなった。


 足元に散った赤い砂を見下ろし、レイスは奥歯を噛みしめる。

 この砂一粒に、どれだけの命が混ざっているのか――想像するだけで吐き気がした。


「全部、ぶっ壊す。こんな地獄が、生まれないように」


 そう呟いた瞬間、遠くで警報が鳴り始めた。

 赤い光が警告灯のように壁を舐め、どこかで重い錠が外れる音がした。


 レイスは顔を上げる。

 ユインとスライが待つ“塔”へ戻る前に、やるべきことがまだある。

 この施設の心臓部を、完全に止めることだ。


 鞘に添えた指先に、まだ微かに“千鳥”の痺れが残っている。

 彼は一度だけ深く息を吸い、赤い光の奥へと歩み出した。

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