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双剣使いのクズ冒険者、実は『最凶の”元”剣聖』~気づいたら、いつもトラブルに巻き込まれていますが、なんだかんだ人助けしちゃってます~  作者: 烏羽 楓
第二章 ギアブルグ王国篇

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第70話「“元”剣聖、命を喰らう赤き水槽を見る」

 扉の向こうから現れたのは、一人の男だった。

 黒いスーツに無表情、そして場違いなサングラス。


「……お前……」


 レイスの瞳が鋭く光る。すぐに、その違和感を察した。

 姿形は人間でありながら、そこには「意識」も「感情」もない。空っぽの器が歩いている――そんな異様さ。


 歩みはぎこちなく、骨の軋む音が響く。関節が人の可動域を越えて、無理に動かされているようだった。


 次の瞬間、男は唐突に走り出した。

 弾丸のごとき勢いでレイスに肉薄し、拳を振り下ろす。


 反射的に剣を抜き合わせた瞬間――耳をつんざく金属音が鳴った。


「……っ!」


 拳は黒く変色し、皮膚が岩のように硬質化していた。

 生身ではあり得ない強度、まるで鋼鉄の塊。


 レイスは即座に体勢を低く落とし、肘で顎を打ち上げる。

 骨が砕ける音を響かせ、回し蹴りで吹き飛ばした。


 男は床を削りながら叩きつけられ、短い沈黙の後、サングラスが砕け散る。

 現れたのは――墨を流し込まれたように真っ黒な瞳。瞳孔すら存在しない、異様な眼球。


「ユイン、スライを連れて塔に行け。あれは……嫌な予感がする」


「……あれって、スライちゃんと同じ……!?」


 ユインの顔が蒼白に染まる。レイスは一度だけ首を振った。


「考えるのは後だ。いいか、俺があいつと鍔迫り合ったら――振り返らず走れ」


 その声は鋼のように硬い。ユインは迷わず頷いた。


 レイスが剣を構えると、刃が光を帯びる。

 次の瞬間、閃光の斬撃が叩き込まれ、男は防御体勢のまま地面へ押し潰された。


「今だ、行けッ!」


 ユインはスライを抱き、出口へ走る。

 男の黒目がぎょろりと揺れ、二人を追う。


 だが、その視線を遮るように、レイスの口元が歪んだ。


「随分、余裕じゃねぇか……黒目野郎」


 刃に魔力が集い、青白い光が室内を照らす。

 空気が震え、床石が割れる。


「なら――良いもんプレゼントしてやるよッ!」


 ゼロ距離から放たれた魔力斬撃が炸裂する。

 耳を焼く轟音とともに、男の腕が切り裂かれ、胴へ深い傷が走った。


「ほら、もう一発ッ!」


 二撃目の斬撃が地面を巻き込み、床を崩壊させる。

 男の身体は瓦礫と共に奈落へ落ちた。


 レイスもためらわず飛び込む。

 着地した瞬間、空気の質が一変した。


 そこに広がっていたのは、異様な光景。

 闇に浮かぶ超巨大な水槽。赤い液体に沈むのは――人間、魔物、薬草、鉱石。


 赤く濁った液体の中で人間の肌は膨れ、裂け目から血泡を噴き出す。

 魔物は角や牙を伸ばし続け、醜悪な姿に変じていた。

 

 呻きとも泡立ちともつかぬ音が、液体の奥でぼやけて響く。


「……くっ……!」


 吐き気を堪え、レイスは歯を食いしばる。

 

(こんなものを、人の手で造ったってのか……! ふざけやがって……!)


 水槽の前には奇妙な装置。

 ガラスケースの中で、小さな赤い結晶――賢者の石がポタリ、ポタリと落ち、赤い山を築いていく。


「……許せねぇ。人の命を……なんだと思ってやがる……!」


 レイスの声は怒りに震え、響き渡る。


 ――その背後で瓦礫が崩れる音。


 振り返ると、男が再び立ち上がっていた。

 裂けた胸元。そこに埋め込まれた賢者の石が脈打ち、赤い光が血管を這い回る。


 皮膚の下で黒い血管が浮き出し、肉体は不気味に膨張。

 関節が逆方向に折れ曲がり、骨が無理に戻る音が響く。


 ――人間の形を保った“何か”。


 レイスの背筋に冷たいものが這い上がった。

 これは兵士でも実験体でもない。

 “人を超えた、歪な怪物”だった。

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