第6話「“元”剣聖は、禁忌の実験に終止符を打つ」
奇怪に歪んだ腕が唸りを上げる。まるで鉄槌のように叩きつけられる拳撃が、地面を抉り、木々をへし折っていく。
(……なんて馬鹿げた威力だ。迂闊に受け流しにもいけねぇ)
レイスは身をひるがえしては攻撃をいなし、間合いを探っていた。一撃でも受ければ、ただでは済まない。だが、だからといって逃げ回ってばかりでは勝機は訪れない。
「どうしたんですか? 冒険者殿! 避けるだけでは芸がありませんねぇ!」
嘲るような声に、レイスはひょいと肩をすくめた。
「ははっ、そりゃどうも。じゃあ、こういうのがお好みかねぇ!」
次の瞬間、閃光のごとき踏み込み。鋭い一閃が、村長の右腕を容赦なく切断した。
「ほう……なかなか、良いですね」
村長は驚くどころか、切断された自らの腕を見下ろし、愉悦を滲ませた笑みを浮かべる。
だがその腕の断面から――
骨が捻じれ、筋肉がうごめき、内側からうねうねと触手のようなものが伸び、瞬く間に腕が再生されていく。
「自己再生持ちかよっ」
忌々しげに吐き捨てながら、レイスはすぐさま距離を取る。
「素晴らしいでしょう? 私の腕を見込んで、とある方に依頼されましてね。いくつもの魔物の特性を抽出合成し、人の肉体に適応できるようにしたんですよ」
「適応ねぇ。人間やめてんじゃねーか」
レイスは剣を構え直し、再び斬撃の嵐を浴びせる。鋼のような切っ先が何度も肉を裂き、骨を断つ。だが――
裂かれた肉は、蠢く血の泡に包まれながら再び繋がっていく。魔物の再生力が、時間をかけずして身体を修復させていた。
(くそッ、これじゃあキリがねぇ……。なら――)
剣を鞘に納めると、レイスは静かに体勢を低く構えた。
土埃が舞う中、足元から魔力が円状に放射されていく。空気が震え、周囲の草木がざわめきを上げた。
(……タイミングは一度きり。仕留め損なえば、こっちが死ぬ)
自らの呼吸と鼓動に集中し、視界の中心に村長の姿だけを据える。
「何をしているのかわかりませんが、それでは隙だらけですよ!」
村長が一歩踏み出した。地がひび割れ、音を立てる。次の瞬間――轟音とともに、巨躯が一気にレイスへと迫った。
拳が唸りを上げて振り下ろされる。
だがその瞬間、魔力の円を踏み抜いた刹那、レイスの瞳がぎらりと光を放った。
「神ノ斬流抜刀術――“千鳥”」
咆哮のごとき抜刀。雷を纏った双剣が一閃、また一閃。幾千もの雷鳴のような斬撃が、村長の身体を粉々になるまで斬り刻む。
「なんと、凄まじい……。その力があれば、あの方も……」
何かを呟きながら、村長の身体は灰となって崩れ落ちた。
「ったく、こんな辺境にとんでもねぇ野郎がいたもんだ。にしても、“あの方”? いったいそいつは――」
レイスが眉をひそめたそのときだった。
「レイス! 無事ですか!?」
声とともに駆け寄ってきたのはユインだった。
「え、なに? 心配で心配で駆けつけちゃったの? かわいいね~」
軽口を叩いた瞬間、レイスの腹に鈍い衝撃が走る。
「ぐはっ!?」
ユインの拳が、彼の腹部にクリーンヒットしていた。
「元気そうですね。じゃあ、帰りますよ」
「あ、あの……、今、大丈夫じゃなくなったんですけど……?」
「気のせいです。さっさと歩いてください」
そう言い放ってユインはスタスタと歩き出す。その横顔は、どこか微かに笑っていた。
(は~あ、女ってわかんねぇ……)
レイスは重い足取りで後を追いながら、心底疲れたように呟いた。
――こうして、奇妙で狂気的な村の出来事は幕を閉じた。
◆
アンレスト王国に戻った二人は、今回の経緯をギルドに報告。調査隊の派遣と対策を提案し、それに対して多額の報酬が支払われた。
そして今――
「おめーら、今日は俺の奢りだあああ! 存分に呑みやがれぇ!!」
酒場のカウンターから大声が響く。レイスが杯を掲げ、周囲の冒険者たちが歓声を上げる。
「「「おお~~!!」」」
「はぁ……、またお金がなくなっても知りませんよ?」
ユインが肩を落としながら嘆息する。
「なに言ってんの、ユインさん! こんだけあれば一週間は遊べるって!」
「忠告はしましたからね?」
呆れたように言いつつも、どこか楽しげな空気が酒場に漂っていた。
賑やかな声と笑い声の中――しかしその裏で、誰も知らぬ“陰謀の影”が、静かに姿を見せ始めていた。
(まだ、終わっちゃいねぇな……)
そう心の中で呟いたレイスの目は、ほんのわずかに鋭さを取り戻していた。