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双剣使いのクズ冒険者、実は『最凶の”元”剣聖』~気づいたら、いつもトラブルに巻き込まれていますが、なんだかんだ人助けしちゃってます~  作者: 烏羽 楓
第二章 ギアブルグ王国篇

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第67話「“元”剣聖、白い研究所で見たもの」

 研究所の自動扉が、静かな電子音とともに左右へ開いた。

 

 外観からは無機質な箱のような建物にしか見えなかったが、中に足を踏み入れた瞬間、白い光が視界を満たす。


 床は磨き上げられ、光を反射している。壁面には無駄のない配置で計測器や端末が並び、ガラス越しの各区画では白衣姿の職員たちが黙々と作業を続けていた。


 書類を抱えた研究員が、まるで計算されたような一定の速度で廊下を横切る。その足音すら、妙に規則正しい。


「……なんか、思っていたより普通ですね」

 

 周囲を一瞥し、ユインが小声で漏らした。

 その瞳には、想像していた陰惨さがないことへの安堵がわずかに滲んでいた。


「いやぁ? もうおかしいとこ、結構あるぜ?」

 

 不敵に笑みを浮かべ、レイスは肩越しに囁く。


 怪訝そうに眉を寄せるユイン。目に映るのは、整然と並ぶ設備、忙しなく動く職員たち――どこを見ても異常は感じられない。

 むしろ、この統制の取れた光景は模範的ですらあった。


 しかし、レイスは足を止め、低く言った。

 

「いいかい、ユインさん。普通、お偉いさんが来たら、少なからずリアクションってもんがあるもんだ。なのに、ここの連中ったらどうだ? さっきから目が合っても、誰も反応しない。さも、俺たちがここにいないかのようにな」


 その指摘に、ユインははっとして周囲を見直す。

 

 確かに、視線は合う。

 だが、それは一瞬で逸らされ、何事もなかったかのように作業へ戻る。

 

 会釈もなければ、口元の引きつりすらない。自分たちは幹部用の服を着ている。

 普通なら、態度の端々に敬意や緊張が滲むはずだ。

 

 ――ない。あまりにも、ない。

 

 その無反応さは、単なる礼儀知らずというより、意図的に感情を殺しているようにも見えた。

 胸の奥に、ひやりとしたものが落ちる。無意識に指先が震え、呼吸が浅くなる。理由もないのに、背中を冷たい汗が伝った。

 

 レイスの視線は、廊下の奥や開かれた扉の隙間へと流れていく。

 

「それにな……ここって“新エネルギー開発”の施設なんだろ? なのに、どこの研究室も、それっぽい資源も研究道具もない。代わりにやってるのは――」


 言葉を切ったレイスの横顔を見て、ユインが小さく呟いた。

 

「……生態実験」


「その通り」

 

 レイスの声が、わずかに低くなる。

 

「さて、ここの“新エネルギー”とやらは、一体何を原材料にしてるんだろうねぇ」


 軽口めいた響きの奥に、氷のような冷たさが混じっていた。

 足取りは奥へ進むほど、研ぎ澄まされた剣先のように鋭くなる。


 廊下を進むうち、空調の音がやけに耳に残ることにユインは気づく。

 人の声は少ない。話していても、囁き声程度。

 

 何かを隠している――その圧迫感が、無言のうちに肌を刺した。


 やがて、重厚な金属扉が姿を現す。扉の両脇には警備員が二人。

 無表情で直立し、銃器こそ持たないが、その立ち方は明らかに軍の訓練を受けた者のものだった。


 近づくと、警備員の一人が声をかけてきた。

 

「お疲れ様です!」


 左側の認証機にIDカードをかざす。右側にも同じ装置があり、同時認証でなければ開かない仕組みらしい。


「お疲れ様です。ドットベル教授は奥に?」

 

 レイスは探るような声音で尋ねながら、自分のIDもかざした。


「いえ、本日は予定があると外出されております!」

 

 返答と同時に、扉が重々しく開く。その隙間から、冷気が一筋、頬を撫でていった。


(へぇ……お出かけ中か。なら都合がいい)

 

 レイスは片眉をわずかに上げ、視線を廊下の奥へ流す。口元には、形だけの笑みが浮かんでいた。


「そうですか。では、警戒は引き続きよろしくお願いしますね」

 

「はっ!」


 敬礼を受け、二人は奥へと足を踏み入れる。


「いったいどこで、そんな茶番覚えたんですか?」

 

 ユインが口元にいたずらな笑みを浮かべる。


「大人は色々な事情を抱えて生きてるんだよ、助手ちゃん」

 

 軽口を交わしながらも、二人の視線は前方に吸い寄せられていった。

 足が止まる。


 空気の密度が変わった。視界の端で、ユインの肩がわずかに震えるのが見えた。


 ――そして、次の瞬間。


「おいおい……嘘だろ……」

「……なんですか、これ」


 視界の奥、研究所の真の顔が現れた。

 そこにあったのは、あまりに異質で、常軌を逸した光景――。

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