第65話「“元”剣聖は、作戦前夜に石で眠る」
土煙がようやく晴れ、廃墟の中に静けさが戻った。
割れた床、崩れかけた壁、そして焦げた鉄骨の匂い。
爆風の余韻がまだ微かに残る中で、レイスは周囲に目を走らせた。
「……ん?」
足元に、ぺたりと何かが落ちているのを見つける。
黒い樹脂製のプレート。その端にはホログラムが浮かび、名前と所属、コード番号が記載されていた。
「IDカードか。アイツのだな、きっと」
レイスが拾い上げると、ユインが覗き込んでくる。
「所属……ドットベル直属研究班。“深部指定研究員”って書いてありますね。……これ、使えるかも」
「ん?」
「これがあれば、研究所の内部に“正面から”入れるかもしれません。少なくとも、認証ゲートは通れる可能性が高いです」
ユインが指先でカードを回しながら、少し笑う。
「いいねそれ! 面白そうだ」
レイスがノリノリで返すと、ユインはため息をつきつつも頷いた。
「じゃあ、まずはそのための服を調達しましょう。……クラインさんのところに、もう一度行きますか」
◆
その日の夜、再びギアブルグ中央区の塔を訪れた二人。
応接室で待っていると、クラインが現れ、前回と変わらぬ几帳面な様子で頭を下げた。
「またお越しとは……何か進展があったんですね?」
「まあ、ちょっとした“散歩”のついでにな」
レイスが笑いながらIDカードを掲げると、クラインの眉がピクリと動く。
「これは……! 例の研究所のIDカード……どこでこれを?」
「廃墟でちょっと剣を振ったら落ちてた。あんま深く聞かない方がいいと思うぞ?」
「……了解しました」
クラインは深くため息をついた後、改めて姿勢を正す。
「それで、ご相談とは?」
ユインが代わって説明を始めた。
「このカードを使って研究所に潜入するつもりです。なので、できれば研究員っぽい服を用意してもらえないでしょうか?」
「……お二人とも、本当に行動が早すぎます」
クラインは呆れたように笑みを浮かべ、それでもすぐに頷いた。
「分かりました。すぐに手配します。少々時間がかかるので……明日の昼過ぎに、もう一度いらしてください」
「助かる。よろしく頼む」
◆
宿へ戻る途中、日は沈み街は静けさに包まれていた。
部屋に入って荷物を下ろすと、レイスが不意に呟く。
「なあ、ユイン。あの研究員……剣が通らなかった。胸元に、明らかに“何か”があった気がするんだが」
「……わたしも気づいてました」
ユインはソファに座り、真剣な顔で続けた。
「あのとき、剣が当たる瞬間――ほんの一瞬ですけど、黒い光が胸のあたりで光ったんです。……防御魔法か、魔導装甲……?」
レイスもベッドにもたれかかりながら、顎に手を当てる。
「魔法か……でも、発動詠唱も陣もなかった。仕組みがわからねぇな」
「明日、研究所の中を見れば、答えが見つかるかもしれません」
ユインは立ち上がり、着替えを済ませながら言った。
「今日はもう遅いですし、早めに寝ましょう。明日に備えて体力は温存した方がいいです」
「そうだな……じゃあ、抱き枕お願いします」
「……は?」
ユインが一瞬の沈黙の後、手を振ると魔力が集まり、空中に淡い光の粒が浮かぶ。
数秒後――ごとんっ!
「ぐはっ!?」
レイスの上に、見事な円柱状の石が落ちた。
見た目より石は何倍も重く、レイスが石をどけようにも身体が動かせない。
「はい、どうぞ? おやすみなさい、レイス」
そう言ってユインはベッドに入り、布団をかぶる。
「ちょっ! ユインさん!? まって? 寝ないで? ねぇ!」
返事はない。
部屋には、静かな寝息と、石の下敷きになって呻くレイスの声だけが残っていた。




