第64話「“元”剣聖は、銃弾を斬り、白衣の闇に迫る」
日が沈みかけたギアブルグの裏路地。
サングラスの研究員は、人目を避けるように薄暗い通りを歩いていた。
レイスとユインは、距離を保ちながらその背中を追っていく。
「どこに行く気だ、こいつ……ただの帰宅にしちゃ妙に警戒してるな」
レイスが低く呟くと、ユインも小声で返す。
「研究所とは反対方向ですしね。寄り道……にしては、空気が重すぎます」
やがて、男は人気のない区画――瓦礫と錆の残る工場地帯の一角へと足を踏み入れる。
そこに建っていたのは、すでに稼働を終えた廃棄施設。
鉄扉は錆び付き、窓は板で打ち付けられている。
男は周囲を一瞥したのち、そのまま建物の中へと姿を消した。
「……ついてってみるか」
レイスは剣の柄に手をかけたまま、物音を立てぬよう慎重に廃墟へと足を踏み入れる。
ユインも無言で頷き、背後をぴたりとついてくる。
だが――。
その瞬間だった。
廃墟内部の奥、闇に潜んでいた男がいきなり飛び出してくる。
手には黒鉄の銃――否、魔力の気配をまとった魔導銃が握られていた。
「ッ……っち!」
警告もなく、銃口から火線が迸る。
火薬ではない。魔力の奔流が弾丸となって撃ち出され、金属の柱を容易く貫いた。
レイスとユインは即座に左右へ跳び退く。
「ばっちり待ち伏せされてんじゃねぇか……!」
「誰かに見張られてた可能性もありますね……!」
廃墟の柱を盾に、飛び交う銃撃をいなしながら応戦の隙をうかがう。
男は一言も発さず、表情すら変えずに次々と魔導銃を撃ち込んできた。
だが、どれだけ弾を連射しようとも――。
「……あれ、弾切れか?」
レイスの視線の先で、男が銃を傾け、弾倉に手を伸ばす。
その一瞬を見逃さなかったのは、ユインだった。
「今です!」
俊敏な動きで柱の陰から飛び出し、一直線に男へと突進する。
「待て、ユイン! まだ――!」
レイスの叫びが響いた。
だが、間に合わなかった。
男の手が光をまとい、魔力が銃口へと再装填される。
弾丸は物理ではなく、魔力で“再構成”されるタイプ――リロード不要の高等魔導銃だった。
放たれた一閃――その先には、ユイン。
「っ――!」
レイスは即座に双剣の一つを抜き、斬撃を空間ごと斬りつける。
魔力弾と剣気が交錯し、金属音のような軋みが空気を裂いた。
風が唸り、魔力の残滓が宙を舞う中――ユインは無傷で着地する。
「……すみません、助かりました」
「おう、貸し一つな。最近、人肌恋しいから、今日抱き枕させてくれるってのでチャラな?」
「では、今度は私がレイスの“玉”を斬り落としますね」
「やめて!?」
レイスが本気で後ずさると、ユインは無表情で剣を構え直す。
その一瞬の隙をつき、男が背後の非常口から脱出を試みる。
「逃がすかよ……!」
レイスは壁を蹴って一気に加速し、男の進路を回り込む。
そのまま剣を抜き放ち、心臓めがけて突き刺す――!
が。
「……は?」
鈍い金属音。
確かな手応えがあったはずの刃が、何か硬質なものに阻まれた。
刹那。
「ッ……! くそっ、下がれ――!」
男の体を中心に、爆風のような衝撃波が迸る。
床がひび割れ、壁が軋み、レイスとユインの身体が吹き飛ばされた。
土煙が廃墟全体に広がり、視界が完全に奪われる。
立ち込める埃の中で、レイスは歯噛みした。
(今の、あの反応……生身じゃねぇ。何か仕込まれてやがる)
だが、問いかける余裕も、追う時間も、すでに奪われていた。
男の姿は、煙の中に、消えていた。




