第61話「“元”剣聖は、“賢者の石”に過去の影を見る」
応接室に張り詰めていた沈黙を破るように、クラインが真剣な声音で口を開いた。
「本来なら、口外は厳禁とされている内容です。しかし――エルネスト様の紹介であること、そしてスライの件が関わっているかもしれないという現状を鑑み、特別にお話しします。ただし……絶対に他言無用でお願いします」
クラインの鋭い視線を受け止め、レイスとユインは無言で頷いた。それを確認すると、彼はゆっくりと懐に手を伸ばす。
「現在、この国では――秘密裏に流通している“ある物”の存在が確認されています。私はその詳細および、製造元の特定を国王より命じられているのです」
そう言ってクラインが取り出したのは、小さな結晶だった。
赤と黒が入り混じるような、不気味でありながらもどこか神秘的な光を放つ結晶。光にかざすと、ほんのりと内側から脈動するような輝きが浮かび上がる。
「うわぁ、綺麗な石……でも、ルビーにしてはずいぶん色が暗いような?」
ユインが覗き込みながら、ぽつりと漏らす。だがその隣で、レイスは結晶を睨みつけたまま動かなかった。
「……賢者の石だ」
絞り出すような声だった。その一言に、ユインは目を見開き、クラインも驚きに息を飲む。
「ご存じ、だったのですか……!?」
「ああ。存在自体はな。現物を見るのは、俺も初めてだが」
レイスはそう答えながら、結晶から目を離さずに続ける。
「濁りがあるから、これはまだ未完成品なんだろうが……悪いな。俺はこういうのは専門外でな。詳しいやつには“心当たり”があるが、あいにくそいつも今どこで何してるやら」
その言葉に、ユインが一瞬だけ表情を曇らせた。
クラインもまた、困ったように眉間に皺を寄せる。
「……そうですか。それは、残念です」
クラインは息をつき、机の上の結晶を懐に戻す。
「で? その賢者の石もどきが、国中にバラまかれてるってわけか?」
レイスの問いに、クラインは首を横に振った。
「いえ、正しくは……この国から、他国に対して密輸出されているようです」
「……他国?」
ユインが目を瞬かせる。
「はい。詳細はまだ不明ですが、輸出先として最も可能性が高いのは――セラフィア皇国だと見ています」
一瞬、空気が止まったような感覚が流れる。
レイスとユインは互いに顔を見合わせ、微妙な間のあと、同時に笑いを漏らした。
「……いやいやいやぁ、それはないでしょー」
レイスは肩をすくめ、半ば茶化すような調子で言う。
「ありえませんね、それは」
ユインも苦笑しながら頷いたが、その目元には一瞬だけ影が差した。まるで、記憶の奥から何かを呼び起こされたかのように。
その反応に、クラインは首を傾げた。
「え……どういうことですか?」
──その瞬間、レイスの笑みがすっと消えた。
空気が一転し、冷たい静けさが室内を支配する。
「“もし本当にセラフィアだとしたら”――って前提で話すなら、俺たちも黙ってられねぇ理由があるんだよ」
その目に、一瞬だけ宿ったのは怒気か、あるいは深い諦念か。
次の瞬間、レイスは一つの名前を口にしかけ――わずかに眉を寄せて言葉を呑んだ。
(……ハウゼンの野郎、もしこれに関わってたとしたら……いや、まだ決めつけるには早すぎる)
だが、その直感は確かに警鐘を鳴らしていた。
あの国とこの結晶。その繋がりは、偶然ではありえない。
──賢者の石、未完成の魔術結晶。
──密輸と暗部、王の命令。
全ての線が、徐々に一つの中心へと収束しつつあった。
そして、それは決して見逃してはならない“真実”へとつながっている――。




