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第5話「“元”剣聖は、歪んだ真実に刃を向ける」

 静寂を切り裂いたのは、甲高い笑い声だった。


「アッハッハッハ! まさか、そんなしょうもないことで尻尾を掴まれるとは思わなんだわ!」


 観念したのか、村長はあっさりと笑い出した。その様子は、先ほどまでの丁寧な仮面を脱ぎ捨てたかのように、実に軽薄で――そして、薄気味悪かった。


「村長さん、やはり……」


 ユインが引き攣った声で呟く。


「ええ、そうとも。ゴブリンなんていませんよ。すべて自作自演。私の計画に、都合の良い物語だっただけです」


 悪びれた様子はなく、村長は楽しそうに肩をすくめた。


「どうして、そんなことを……」


 ユインが問いかけるが、それに答えたのは村長ではなく、レイスだった。


「人体実験、だろ?」


 レイスの声は低く、鋭く、容赦がなかった。


「ほんのわずかだが、この家のどこかから、血と薬品の匂いがした。最初は気のせいかとも思ったがな……お前、なにか“やった”ろ」


「おお! お見事ですな! まさかそこまで嗅ぎ分けられるとは。いやはや、お見それしました!」


 村長は拍手すらしそうな勢いで、にこにこと笑い続けていた。


(褒められても、全然嬉しくねぇ)


 レイスは小さく舌打ちしそうになるのを飲み込む。


「住んでるって割に生活感のないこの家、入った時から漂ってた違和感――血と薬の匂い、不自然に整いすぎた証言。どれもこれも、噛み合ってねぇ。……それが今、ただの違和感から、確信に変わっただけだ」


 村長は肩をすくめたまま、小さな引き出しを開ける。


「まったく、欲をかくといけませんね。せっかく上玉の実験素材が手に入ると思っていたのに」


 そう言って取り出したのは、一本の注射器。中には黒みがかった液体が入っていた。


「……ッ!」


 ユインが目を見開く。レイスはすでに腰を浮かせ、手を双剣の柄にかけていた。


 村長はそのまま、ためらいもなく自分の腕に注射器を突き立て、液体を注入する。


「知られた以上、帰すわけにはいきませんよ。村人も、あなた方も……全員、私の実験に貢献してもらわないとね」


 その瞬間――村長の身体から、膨大な魔力が噴き出した。


 空気が揺れる。部屋の中が、見えない圧力に包まれていく。


「っ……なんて魔力ッ!」


 ユインが思わず一歩、後ずさる。その瞳に浮かぶのは、驚愕と警戒。


(こいつ……この魔力、常人のレベルじゃねぇ)


 それでもレイスは怯まず、無言で二本の剣を抜き放つ。


「ユイン、村人を一か所に避難させて結界張っとけ。……ちょっとこいつに、“人道”ってもんを教えてくる」


「了解しました。……レイス、気をつけてください!」


 ユインが即座に動き出すのを横目に、レイスは村長へと向かって踏み込む。


 ドンッ!!


 豪快な一撃が放たれ、村長の身体が木の壁を突き破って外へと吹き飛ばされる。瓦礫と土埃が舞い上がる中、レイスはためらうことなくその後を追った。


 

 ◆


 

 土埃の舞う中、村の外れ。転がった村長はゆっくりと立ち上がり、服の埃を払う。


「まったく、いきなり酷いことをしますね。殺しちゃいますよ?」


 そう言って、口元に笑みを浮かべる。


 だがその顔は、もはや“人”のものではなかった。肌は青黒く変色し、両腕には紫の血管が浮き上がっている。体表には魔素の斑紋が浮かび、明らかに“変化”が始まっていた。


「やれるもんならやってみろよ、バケモノ」


 レイスが吐き捨てるように言い放つ。


(魔力だけじゃない……こいつ、魔素まで取り込み始めてやがる)


 それは、常人が踏み込んではいけない領域。


 そして、この“元”剣聖は、そういう連中を何度も見て、何度も斬ってきた。


 レイスは一歩、村長へと踏み出した。


 その双剣の刃先が、静かに月光を弾く――。


 次の瞬間、“悪夢”が始まった。

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