第50話「“元”剣聖、錆びた真実に違和感を覚える」
翌日――。
ギアブルグの朝は早い。工場の蒸気が空に昇り、街の喧騒が地面を揺らす前から、労働者たちの足音が路地裏を満たしていた。
そんな中、レイスたちはスライの案内で街を巡っていた。
錆びた金属音があちこちから鳴り響き、道路の脇では簡易的な機械部品の露店が並び、油にまみれた職人たちが忙しなく手を動かしている。目の前を走り抜けていった配達用のオート三輪からは、黒い蒸気がぼふりと吐き出された。
「……なんつーか、活気はあるよな、この国」
レイスが目を細めて呟く。
「でしょ? おいらは生まれたときからこんな感じだったけどさ、外から来た人には珍しく見えるんだろ?」
胸を張るスライの後ろ姿は、どこか得意げだった。
「なあ、スライ。一つ聞きたいんだが――この国の王、どうやって今のヤツに変わったんだ?」
歩きながらレイスが問うと、スライは足を止めて振り返った。
「え? うーん……おいらも詳しいことは知らないけどさ。前のドワーフの王様、けっこう酷かったって話だよ? 税金は重いし、発言は独裁っぽいし、奴隷制度もひどくてさ」
「……ほう」
「んで、それを暴いたやつがいたんだよ。なんか証拠とかいっぱい見つけてさ。そのあと、しばらく国王がいない空白の時期があって……その間、元奴隷の人たちが団結して、ギアブルグを支えたんだって。今の国王はその時に、皆をまとめてた人らしいよ?」
スライの言葉に、ユインが小さく目を見開いた。
「……まるで革命ですね」
「実際、英雄扱いされてるよ。前の王様が悪で、今の王様が救ってくれたって、みんな言ってる」
その話を聞いていたレイスは、わずかに眉をひそめる。
(……妙だな、俺が知ってるあの王はそんな陰湿なことする人じゃなかった)
「ねぇ、レイスは前国王とは面識があったんですよね? そういう……暴政をするような方だったんですか?」
ユインが隣で問いかけてきた。
「いや、全然違う。……俺の知ってるあの人は、むしろ人情味に溢れてた。労働者にも敬意を払ってたし、他種族への配慮もしてた。そんな奴が、圧政なんてやるわけが――」
「でも、おいらの父ちゃん、本当に苦しんでたよ」
スライが口を挟んできた。
その目は真剣で、何かを訴えるように揺れていた。
「工場で働いても、ほとんど稼ぎにならなくてさ……税金で取られて、病気になっても薬も買えなくて、母ちゃんも……」
言葉の終わりが、かすれた。
レイスは黙り込む。真実を知っているわけじゃない。だが、自分が見ていた“王”と、スライの語る現実には、確かに食い違いがあった。
沈黙を破ったのは、ユインだった。
「……どうにも、この話には裏がありそうですね。まるで、前国王を“悪”に仕立て上げた誰かがいるかのような」
彼女の言葉に、レイスも頷く。
「だろうな。だが――」
レイスは空を見上げ、乾いた煙の向こうに見え隠れする太陽を見つめた。
「今この国がうまく回ってるんなら、部外者の俺たちが首を突っ込む話でもねぇさ」
それが、今のところの結論だった。
――しかし。
「お? スライじゃねぇか。しばらく見ねぇから、死んだかと思ったぜぇ?」
横道から声がかかった。
見ると、身なりは一丁前だが、その笑みに浮かぶ牙のような雰囲気は、どう見ても街の“裏”を知る人間だった。
「……ひ、久しぶり、っす」
スライが声を絞り出す。その肩がわずかに震えていた。
明らかに怯えている。
「まさか、こんなとこでのうのうと生きてるとはな。ちょっと顔見せろよ」
レイスは、スライの横顔を見つめ、目を細める。
(……さて。スライとどういう関係だ、こいつ)
空気が、少しだけきな臭くなり始めた――。




