第4話「“元”剣聖は、偽りの食卓を嗤う」
「え? それってどういう……」
ユインが首を傾げかけた、その瞬間だった。
「おまたせしました!」
明るい声と共に、村長が再び現れた。手には湯気を立てる大皿を持っている。素焼きの器に盛られた料理は、見た目も香りも食欲をそそるように仕立てられていた。
「ささっ、冷めないうちに召し上がってください!」
にこにこと笑みを浮かべながら、テーブルに料理を並べていく村長。その所作には一切の隙がなかった。
「わぁ、美味しそうですね! いただきます!」
ユインが笑顔で箸を伸ばしかけた――そのときだった。
「待て」
短く、それでいて重たい声。レイスがユインの手首をぴたりと押さえる。
「レイス……?」
突然の制止に、ユインは目を瞬かせた。困惑と疑問の入り混じった視線が、彼に向けられる。
レイスはそのまま村長に目を向けた。ぞっとするほど無表情な顔。そして、口を開いた。
「そうやって……他の冒険者も、潰したのか?」
その一言に、空気が凍りついた。
ユインが絶句し、村長が小さく瞬きを繰り返す。
「なっ、なにを……言いますか! それじゃまるで、私が……!」
「きなくせぇんだよ。なにもかもがな」
言い訳を遮るように、レイスの声が重なる。やけに冷めた、鋭利な声色だった。
「おかしいと思った部分はいくつもある。まず、ゴブリンの足跡――あれは、偽物だ」
「そ、それは本当ですか!? そ、そんな馬鹿な……!」
村長が慌てて声を上げるが、レイスは一瞥もくれずに続ける。
「そもそも、この村に咲いてる花の中にな、“エラノア草”ってのが混じってる。これは魔物除けの香草として使われるもんだ。……それがこうも村中に咲き乱れてるんだぜ?」
「……っ」
ユインが小さく息を呑む。言われてみれば、確かにあの強烈な香りは、ただの観賞用としては過剰すぎた。
「その花の匂いがこうもバカみてぇに満ちてんのに、ゴブリンが寄り付くわけがねぇ。っていうか、あの匂いで人間の嗅覚ですらクラクラする。……冒険者が気分を崩して帰ってこられなかったとしても、まぁ納得はできるがな」
わざとらしくレイスは笑うと、椅子を軋ませて背もたれに体を預け、足を組み替える。
「次に、足跡があった場所。あれが“たった一か所”ってのも引っかかる。ゴブリンってのは本来、もっと無秩序に動き回るモンだ。畑だけしか荒らさないなんて、都合が良すぎる」
「……!」
ユインの目が揺れた。
一瞬、何かを言いかけて口を閉じる。その仕草には、戸惑いと動揺がにじんでいた。
(……気づいたか。自分が見落としてたってことに)
レイスはちらりと横目で見ながら、心の中でそう呟いた。
「しかもだ。三人の村人が消えたってんなら、それぞれ別の時間、別の場所で失踪したんだろ? それが全員、森の足跡一か所に繋がってるって……どう考えても不自然すぎんだろ。しかも叫び声ひとつなかったとか、もう茶番もいいとこだ」
皮肉を含んだ笑みが、レイスの口元に浮かぶ。
村長は何も言わず、ただ口を固く閉じたままレイスを見ていた。村長の額に汗が滲み、その顔から、先ほどまでの愛想は完全に消えている。
そして、レイスは最後の一手を突きつけた。
「そんで、極めつけがこれだ。……なんであんた、“会ってもいない失踪者たち”の特徴や、身に着けてたアクセサリーの種類まで、そんなに鮮明に覚えてる?」
その言葉に、部屋の空気がピンと張り詰めた。
ユインがゆっくりと村長に視線を向ける。さきほどまで微笑みを浮かべていたその顔は、まるで仮面が剥がれたかのように無表情になっていた。
(……やっぱり、勘は当たったか)
レイスの中で、ぼんやりとしていた違和感が、はっきりと形を持ち始めていた。
静寂。
時計の針すらも止まったような重苦しい沈黙の中、村長は何も語らなかった。ただ、俯いたまま動かずにいる。
「……ユイン」
レイスがぽつりと呟いた。ユインが小さく頷く。
その合図を受けたかのように、レイスは椅子からゆっくりと腰を上げる。
「さて、そろそろ“本音”で語ってもらおうか。あんたの言ってた“ゴブリン”ってやつが、本当にいるのかどうか――」
村長に向けられたレイスの目は、なにもかもを見透かすように澄んでいた。