第43話「“元”剣聖にして“天災”、いま覚醒す」
眩い光の中から、静かに現れたのは――
黄金に輝く、長く美しい髪を持つ少女だった。
その姿はまるで、天から舞い降りた一振りの神剣のようで――どこか、現実離れした威容を放っていた。
彼女はふわりとレイスの背後に降り立ち、穏やかな微笑みを浮かべながら、その瞳を開く。
『久しいね、レイス。……毎度君はボロボロじゃないか、そういう趣味なのかい?』
透き通るような声が、玉座の間に心地よく響いた。
それだけで、空気の緊張が一変する。
凛とした声の響きが、魔力の残滓すら押し流すようだった。
「傷だらけの男ってのは、猛者って感じでかっこいいだろ?」
『ふふふ。僕はね、傷がない君の方が……ずっとカッコイイと思うよ』
柔らかく笑った少女は、地に落ちたレイスの右腕にそっと手を伸ばす。
その動きには、ためらいも、迷いもなかった。
小さく息を吹きかけると、それは無数の光の粒となって宙に舞い――レイスの身体へと吸い込まれていった。
そして。
「……っ」
斬られた右腕が、何事もなかったかのように戻る。
同時に、レイスの全身を覆っていた無数の傷が、一瞬にして消え失せた。
それは回復ではない。“再構築”と呼ぶべき奇跡の現象。
玉座の間の空気すら、彼の復活に合わせるように、澄み切っていく。
その光景は、まさに“常識の外にある力”だった。
「な……なんなのだ、それはッ!」
その異常な光景に、グラディスが目を見開く。
血の気が引き、怒号は掠れて震えていた。
恐れも、怒りも、戸惑いもない。ただ“理解不能”――その言葉だけが、彼の思考を支配していた。
「ユイン……なんなのですか、彼女は……」
レオノールが震える声で尋ねる。だが、その視線は少女から離せなかった。
ユインはゆっくりと頷き、静かに答えた。
「……あれが、レイスが“最凶”の剣聖と呼ばれた由縁です。存在そのものが“天災”となり得る、異質の体現者――」
少しだけ、言葉を置いて。
「【精霊王アーサー】です」
「天災……。そんなのが本当に、味方……なのですか……?」
レオノールの唇が戦慄き、言葉がこぼれる。
その場にいた誰もが、息を飲む。
まるで玉座の間そのものが呼吸しているかのように、魔力が脈動していた。
「なんなのだと聞いている! 答えろ、剣聖ッ!!」
苛立ちと恐怖を露わにして叫ぶグラディス。
その声に、アーサーは一瞥をくれるだけで――指を、弾いた。
ピン、と軽い音とともに、次の瞬間、空間に歪みが走る。
「ぐっ……!?」
何かが通り抜けたような風とともに、グラディスの身体が吹き飛ばされた。
直後、甲冑の胸部が大きく裂け、深い傷が走る。
――斬撃。
それは、いつどこから来たのか誰にもわからなかった。
だが、確かにそこに“あった”。
『うるさいよ』
アーサーが冷たく言い放つ。
『僕がレイスと話しているんだ。邪魔をするな。……殺すよ?』
鋭く、突き刺すような言葉に、場の空気が凍りつく。
グラディスは壁に背を打ちつけながら、何が起きたのかを理解できないまま、荒い呼吸を繰り返していた。
理屈が通らない。だからこそ、恐怖が染みついていく。
だが、アーサーは興味を失ったように、ふわりと宙を舞う。
レイスの背後にまわり、優しく首に腕を回して抱き着いた。
『それで? 僕のレイス。今回の“敵”は、あれでいいのかい?』
耳元で、囁くように問う。
レイスは、視線をグラディスに向けたまま――わずかに頷いた。
「ああ。力を貸してくれるかい?」
その声は、静かでありながら、確かな殺気を帯びていた。
アーサーは、優しくレイスの頬に手を添えた。
『もちろんだよ。君の為なら、僕の力で――』
その唇が、狂気を孕んで笑みを浮かべる。
『“世界だって、滅ぼしてみせる”よ』
黄金の髪が、光を纏いながら舞う。
その笑顔は、天使のように美しく。
その声は、死神のように甘やかだった。
――そして、玉座の間に、再び“殺意”が満ちていく。
この瞬間、“戦局”は完全にひっくり返った。




