第40話「“元”剣聖、継がれた想いに刃を重ねて」
空気が裂ける音と共に、斬撃が走った。
ユインの体が、悲鳴のように空を駆ける。
(間に合え――!)
彼女の目に映るのは、剣を振り抜いた兄と、呆然と立ち尽くすレオノールの姿。
そして、目前に迫る死の斬撃。
「っ……レオノール様ァ!!」
悲痛な叫びと共に、ユインはその身を盾に差し出す――が、
「こらこら、ユインさん。そんな風に飛び出しちゃ危ないでしょうが。俺が前に実演したでしょ?」
ふわり、と斬撃が空間ごと弾かれ、ユインの体が優しく抱き止められる。
一瞬、時が止まるような感覚。
「……レイス……っ!」
呆然とした声が漏れる。安心と驚き、そして安堵の感情が一気にあふれ出す。
「で? なにその真っ赤な服。イメチェンにしては派手じゃない?」
からかうような口調。だがその声に、ユインは思わず笑った。
泣きそうな顔で、それでも笑って――「ばかっ……」と小さく呟く。
レイスの胸に顔をうずめるその背中は、限界まで張り詰めていた緊張からようやく解放されていた。
レオノールもまた、その場にへたりと座り込む。
震える肩。きっと今、自分が死にかけていたのだと、遅れて恐怖が追いついてきたのだろう。
(よく頑張ったな)
レイスはそう心の中で呟きながら、ユインの頭を優しく撫で、そっとレオノールの隣に彼女を座らせた。
「殿下、ここからは俺が引き受けます」
立ち上がりながら、静かにそう告げる。
「ユインのお腹の傷が思ったより深い。今はまだ意志の強さで保ってますが……じきに気を失うでしょう。これを飲ませて傍にいてあげてください」
レイスは腰のポーチから、黄金色の液体が入った小瓶を取り出し、レオノールに手渡す。
「これは……完全回復薬?! わ、わかりました!」
レオノールが小さく震える手で瓶を受け取ると、レイスは一度だけ優しく微笑み、そして玉座の中央――立ち尽くす男へと視線を向けた。
「剣聖レイス――貴様が現れたということは、ゼスは敗れたか。……情けない」
「安心しろ、お前もすぐ送ってやるよ。イキり王子くん」
皮肉のこもった言葉を、飄々とした笑みと共に放つ。だが、その目は違った。
グラディスを見据えるその眼差しには、熱を凍らせるような怒りが宿っていた。
「ふん。軽い斬撃を弾いただけで嬉しくなったか? ヒーロー気取りが」
「え~? そら嬉しいよ? こんな普段飲んだくれのEランク冒険者風情が、イキり王子くんの斬撃を弾き返したんだし~? あ、なに? もしかしてショック受けてんの? それは悪いことした! ごめんね?」
軽口。挑発。だがそれは、レイスの真骨頂。
グラディスの鋭い殺気など、鼻で笑うかのように受け流してみせる。
「口の減らない男だ。少々、耳障りになってきた。そろそろ退場願おうか、”元”剣聖殿」
静かに剣が構えられる。
空気が、変わった。
グラディスから放たれる殺気は、先ほどまでの比ではない。これが、“本気”の証。
「やれやれ、どうしてどいつもこいつもそう死にたがるのかねぇ。人の言葉もまともに聞けない王様が統治する国なんて終わってるでしょ、普通に」
「我は先代のような愚王にはならん。民の声に耳を傾け、例え冷酷な判断であろうと然るべき対応を取る。時期が経てば、皆、我が王であることを誇りに思うようになろう」
その言葉に、レイスの笑みが消える。
そして、静かに言葉を紡いだ。
「は? 妹ひとりの言葉すら聞けねぇテメェがほざいてんじゃねーよ」
その声音には、殺気が滲んでいた。
「テメェが気持ちよくなるために、周り巻き込んでんじゃねぇ。迷惑だろーが」
レイスは、もう一本の剣を抜き放つ。
両手に握られる、かつて“剣聖”と呼ばれた男の象徴。
「ふむ。言葉は不要のようだな」
「……ああ、そうだな。今までの咎を背負って逝け。それでケジメにしてやる」
「逝くのは貴様のほうだ! ”元”剣聖ッ!」
地を蹴った。
互いの剣が交錯し、火花を撒き散らす。
衝撃が、玉座の間に響き渡った。
今――
アンレスト王国の運命を決める、最後の戦いが始まった。




