第34話「“元”剣聖、交わらぬ忠義を斬る」
「一体、何なのだ……! なぜ、そこまでして邪魔をする!」
ゼスの叫びが、焦燥と怒気を滲ませながら響いた。
息は荒く、額には汗。怒りに染まった瞳の奥には、どこか混乱も見え隠れしている。
「貴様にとっては、他国の問題だろう! この国がどうなろうと、貴様には関係ないはずだ!」
その問いに、レイスはわずかに肩を揺らし、鼻で笑う。
「確かに関係ねぇよ。他国どころか、俺は追放された身だ。どこの国だろうが関係ないさ」
双剣をゆるく構えながら、レイスはゆっくりと歩みを進める。
「ただ、てめぇらみたいに権力を盾に好き勝手やってる連中を見ると、虫酸が走るだけだ」
「貴様もそうではないか! それほどの力を持ちながら、自分のエゴで他人の問題に首を突っ込み――その結末すら左右させる! 何が違うというのだ!」
ゼスの言葉には、怒りだけでなく戸惑いすら混じっていた。
その問いに対し、レイスは一拍の沈黙を置いてから、静かに言葉を返す。
「……俺“たち”が守った世界で、何が正しいかを俺が判断して何がおかしいんだ?」
その声音に、確かな信念が込められていた。
「お前らみたいに好き勝手やってる奴ってのは、揃いも揃って勘違いしてやがる。――今、こうして生きてることが“当たり前”じゃないってことをな」
レイスは冷たく言い放つ。
「生かされて、今がある――その自覚すらねぇやつが、王だの忠義だの語るんじゃねぇよ」
ゼスの目がわずかに見開かれる。
「ッ……」
言い返せなかった。心の奥で、レイスの言葉に何かを突き刺された。
理屈ではねじ伏せられても、本能がそれを否定しきれない。
だからこそ、その表情には戸惑いと困惑が滲んでいた。
「……お前も気付いてるんじゃねーのか? 自分の主が、何をしようとしてるのか――間違ってるってことぐらいはよ」
静かに告げられた言葉に、ゼスは苦笑を浮かべた。
「……はは、そうかもしれんな」
そして、わずかに目を伏せたのち、剣を地面に突き立てるように構え直す。
「だが、それでも私は信じる。私には、私なりの理由と――あの方に対する恩義がある。たとえ道を違えようとも、共に歩む。それが、我が忠義だ」
その姿勢に、レイスは目を細める。
「なるほどな。ま、そっちの覚悟が本物なら、こっちは手加減する理由もねぇ」
レイスも静かに構えを取る。
周囲の空気が、一気に張り詰める。
ゼスは膨大な魔力を全身に集中させ、剣に集約させていく。
刃が光を帯び、風がうなり、地面が震え始める。
「剣聖――貴様を超えて、私は“あの方”の剣として覇道を行くッ!」
一方、レイスの足元には魔力の波紋が淡く広がっていく。
双剣の一振り。息を吸うように自然な動作――しかし、その瞳だけが鋭く、すべてを見据えていた。
「いいぜ、やってみろよ」
声は、獣のように低く、静かに響いた。
「世界の広さ、その身で知れ」
張り詰める空気。静寂。
次の瞬間――
地が砕け、空気が爆ぜた。
ふたりの影が、一閃に交錯する。
「アンレスト流剣術奥義――”メテオファング”!!」
「神ノ斬流抜刀術奥義――“黄泉ノ一太刀”」
刹那、天地が割れた。
ゼスの剣から放たれた光の斬撃は、巨大な牙のように地を抉り、一直線にレイスへと襲い掛かる。
しかし――
レイスの放った赤黒い一閃が、すべてを塗り潰す。
空間ごと引き裂かれるかのように、ゼスの斬撃は飲み込まれた。
遅れて届いた衝撃が、戦場を斜めに走り抜ける。
ゼスの身体が、断ち切られた風の中でゆらりと揺れた。
「……お見事」
血の気が失せていく身体で、それでも背筋を伸ばしながら、ゼスは静かに呟く。
「剣聖様と剣を交えられたこと……光栄に思う」
風に乗ったその言葉が、淡く、空へと消えていく。
そして、ゼスの身体もまた、砂塵のように崩れ、静かにその場から消えていった。
◆
レイスはそっと双剣を収める。
わずかに肩を落とし、剣士としての構えを解いたその背中には、どこか物寂しさが滲んでいた。
戦いの熱を吹き散らすように、涼やかな風が舞う。
レイスは、わずかに背を向けながら、小さく呟く。
「……馬鹿野郎が」
それは嘲りではなかった。
ただ一人の戦士として、相手の覚悟と忠義を受け止めた、レイスなりの弔いの言葉だった。




