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双剣使いのクズ冒険者、実は『最凶の”元”剣聖』~気づいたら、いつもトラブルに巻き込まれていますが、なんだかんだ人助けしちゃってます~  作者: 烏羽 楓
第一章 アンレスト王国篇

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第33話「“元”剣聖、止まった世界を駆ける」

 ゼスの大剣が、鋭く振り下ろされた。


 刃が風を裂き、石畳を抉るほどの破壊力。一撃ごとの重みが尋常ではない。


 レイスは双剣を交差させて受け止めるが――


(っち、やっぱ大剣と双剣じゃ相性が悪いな)


 押し返される。受け止めきれず、足が地を滑った。


(身体強化してても、力じゃ勝てねぇ……)


 ゼスの攻撃は一つひとつが“潰す”ことを目的とした剛剣だ。

 正面からまともにぶつかっては、いずれ崩される。


 レイスは一歩、二歩と後退しながら、ゼスの動きを目で捉える。

 肩の振り、膝の送り、目線の揺れ――すべてを読み取り、斬撃を躱す。


 ただ、いなすだけ。捌くばかりで、反撃に出る隙がない。


「今回は、前と違って逃げる場所はないぞ!」


 ゼスが挑発めいた声を放つ。


「勘違いしてんじゃねーよ」


 レイスが不敵に笑った。


「“今回”は、逃げる必要がねぇんだよッ!」


 瞬間、双剣が閃いた。


 ゼスの脇を抉るように切り込み、反動で大きく後方へと弾き飛ばされる。


「ぐっ……!」


 地面を転がるゼス。その体を止めた瞬間には、もうレイスが歩を進めていた。


 ゼスはすぐさま立ち上がると剣を構えなおす。


「そうか、それは――楽しめそうだッ!」


 ゼスは唇を拭い、地面を蹴ると一気に距離を詰めてくる。


 再び激突。刃と刃が交錯し、火花が宙に散った。


 戦いの衝撃が波紋のように広がり、近くの建物の窓ガラスが音を立てて砕ける。


 だが――


 その中で、明らかに流れが変わっていた。


 ゼスの斬撃が通らない。手応えが消えていく。


「ッ! なぜだ、なぜ我が刃が届かんのだッ!」


 レイスの双剣が、鋭さを増していく。


 踏み込みは深く、手数は早く、動きに淀みがない。

 

 しかも、打ち込むごとに精度は上がっていった。


 ゼスの防御をかすめるように、細かな切り傷が増えていく。


(あぁ……懐かしいな。この感覚――)


 レイスの内心が、静かに熱を帯びていく。


(全てが、止まっていく……)


 世界がゆっくりと静止していくような錯覚。

 

 敵の動きが遅く、明瞭に見える。心臓の鼓動すら、ひとつひとつが静かに鳴る。


 否――


 レイス自身が、加速していた。


 脳と肉体が完璧にリンクし、視界に映るすべてを捉え、理解し、捌き、斬る。


 それは、“剣聖”と呼ばれた男がかつて持っていた、完全なる集中の領域――。


 

 ◆


 

 ゼスの表情に、わずかな焦りが滲む。


 攻撃のリズムを掴めない。レイスの動きが、あまりにも多彩すぎる。


 双剣による斬撃だけでなく、体術を織り交ぜた攻撃が、まるで波のように次から次へと襲い掛かる。


「くっ……!」


 ゼスは素早く距離を取り、魔力を練り始めた。

 

 雷撃、風刃、衝撃波――短詠唱の魔法で反撃を図る。


 だが、それすらも、レイスの目の前ではわずかな“溜め”に過ぎない。


 詠唱に入った時点で、斬撃が間に合う。


「――遅ぇよ」


 レイスが肩口へ一閃を見舞い、ゼスの魔力が弾け飛ぶ。


 体勢を崩したゼスは、大きく剣を振り下ろして地面を叩き、土煙を巻き上げて距離を取った。


 その隙に息を整えようとする――だが。


 レイスの一振りと共に土煙が晴れる。


 そこには、変わらぬ姿勢で立ち尽くす“元”剣聖がいた。


 ――双剣を構え、獣のような眼で、冷たく敵を見据える。


「どうだ、ちゃんと楽しめてるか? 三下」


 声は静かだった。だが、そこに宿るのは――圧倒的な実力への自信。


 その気配に、ゼスの背筋がひやりと凍る。


 レイスが、一歩、また一歩とゆっくり踏み出す。


 歩みを進めるレイスの顔には、微笑が浮かんでいる。

 

 だが、その笑みに宿るのは、余裕でも驕りでもなく――

 

 狩人が獲物を追いつめた時の、“確信”。


 ――剣聖としての覚醒が、静かに戦場を支配し始めていた。

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