第32話「“元”剣聖、王都に仕掛けられた毒を嗅ぎ取る」
おもむろに腰の双剣を抜き、魔法陣の中心に刃を叩きつける――二閃目には既に地面が深々と裂け、脆くなっていた石畳が崩れ落ちる。巻き上がる砂煙の中、ぽっかりと現れた地下の小空間。
そこに、黒光りする小瓶が転がっていた。
「……やっぱ、嫌な予感ってのは当たるんだよな」
レイスは、小さく鼻を鳴らした。
瓶の中で、どろりと蠢く黒い液体。
レイスの目が、鋭く細められる。
「……ハウゼンのやろう。やっぱ、あの件もあいつが一枚噛んでやがったか」
その液体は、見覚えのある“薬品”だった。
アンレスト王国に来て間もない頃、討伐依頼で訪れた村で目にした“魔人化”の薬。村長が人体実験で作った、あの、黒い悪意の塊だ。
「爆破で瓶が割れ、強風で散布される……しかも、街中の複数個所から……?」
レイスの声音が怒りに震える。
「バカかあの野郎、そんなことになったら、街は混乱どころか――全員バケモノ化して、国は地獄絵図じゃねぇかッ!」
即座に火炎魔法を放ち、瓶ごと黒液を焼き払う。吹き上がる炎が、黒き悪意を赤く焼き尽くす。
火が収まるのを待たず、レイスは走り出した。
「ちっ……他にも仕掛けてるはずだ。さっさと探して、潰すしかねぇ」
焦りと怒りを抱きながら、街の奥へと駆けていく。
(いくつ仕掛けられてるか分かんねぇが、あんなもん放置できるわけねーだろ。ったく……ゼスどころじゃねーぞ、こりゃ)
文句を心の中で撒き散らしつつ、レイスは風と火の罠を嗅ぎ分けていく――。
◆
「六つ目、っと……これで終わり、ってことで頼むぜ?」
瓦礫を踏みしめながら、レイスは崩した魔法陣を見下ろした。
「街の地形から考えりゃ、主要な交差路は潰したはず。流石に……他の区画まで面倒見切れねぇ」
額の汗を拭い、ほっと息をついた瞬間だった。
背後に、殺気。
「剣聖レイス、だな?」
ざらついた声と共に、周囲に複数の気配。物陰から黒装束の刺客たちが現れ、レイスを取り囲む。
「……はぁ、男に囲まれても、ときめかねぇんだよなぁ」
「ふざけるな! 貴様には――」
その声が終わる前に、レイスの双剣が赤い軌跡を描いた。
一閃。
数瞬の後、刺客たちの体が全方位に血を噴き上げ、崩れ落ちる。
「っぺ……Eランク冒険者ナメんなよ」
肩を回しながら毒づいたその時、正面に、新たな人影が現れた。
そのシルエットを見た瞬間、レイスの目元が鋭くなる。
「Eランクを舐めるなと言うほうが無理があるだろう。……まぁ、“最凶の元剣聖”がEランクって時点で、詐欺みたいなものだがな」
ゆっくりと歩み出てきた男は、大剣を肩に担ぎ、軽く顎をしゃくった。
派手な騎士の正装。冷ややかな双眸。低く放たれた声の正体は――ゼスだった。
「出やがったな、忠犬野郎」
レイスは唇の端を吊り上げる。
「この前の決着、つけさせてもらうぞ、“剣聖”ッ!」
ゼスの怒声が火をつけるように響く。
「貴様を倒して、王女を――拘束させてもらうッ!」
レイスは肩をすくめ、小さく笑った。
「言ってろ、三下。格の違いを、"お兄さん"が見せてやる」
「だから……私のほうが、“お兄さん”だと言っているだろうがあああああああ!」
次の瞬間、双剣と大剣が交差する――!
激突の衝撃が石畳を砕き、風がうねり、炎の残滓が舞い上がる。
――この一戦が、王都の運命を変える。
かつての“剣聖”と、“忠義の騎士”が、真に交差する瞬間だった。




